エストニアの首都であるタリン。このタリンの中央駅の北側の一画にあったバルティック鉄道会社の工場跡地に、2007年からつくられ始めたのがテリスキヴィ・クリエイティブ・シティである。
現在(2026年8月)、テリスキヴィ・クリエイティブ・シティには10棟の建物がつくられ、延べ床面積は25,000㎡にも及ぶ。300の企業がテナントとして入居しているが、そのうちの9割はクリエイティブ系である。それ以外にも30の店舗、12のレストラン、7つのギャラリー、さらに劇場も2つほどある。同シティでは年間で約800件のイベントが開催され、その集客数は150万人にも及ぶ。それはタリンの創造的活動の中核的な役割を担っている。
さて、しかし、この同シティはその社会的意義の高さにもかかわらず、役所主導でつくられたものではなく、100%民間主導でつくられたものである。この開発を導いたのはタリンをベースとするOÜ Telliskivi Majaという不動産の賃貸・運営を主業とする民間企業であり、公的補助は原則ゼロで、旧工場群を段階的に改修していくことで見事に再生した事例なのだ。
興味深いことに、この開発はしっかりとしたビジョンに基づいたものではなく、偶然が重なって具体化したということだ。この工場跡地はOÜ Telliskivi Majaの親会社である不動産ファンド Eastern Europe Real Estate Investment Trust が所有していた。当時の再開発計画は従来型の開発スキームに則ったもので、ありきたりな高層オフィスが立地するような事業であった。しかし、その計画を実行するためには時間がかかり、その間、土地を放置しておくのはもったいないので、Eastern Europe Real Estate Investment Trustの社員であったヤーヌス・ユス(Jaanus Juss)は何か暫定的に利用することはできないかと考えた。
そのように思案している時、ユスはベルリンを訪れて、デパート跡地をアーティスト達が不法占拠をして芸術活動を展開していたクンストハウス・タヘレスなどを視察して大いに感化を受ける。芸術、音楽が自由に活動できる公共的な空間、という土地利用に感心をして、このような空間を工場跡地の暫定利用で実現できないか、と考えた。そして、クンストハウス・タヘレスほど無秩序ではなく、ある程度管理された形でここにクリエイティブ産業を引き寄せることにした。そして、2009年にタリン・ブラックナイツ映画祭が最初のテナントとして入る。その後に蚤市が続き、スケート・パーク、スタジオなどが立地していくことになる。さらに、2009年にここに最初のレストランが開業するのだが、これによって、ここは芸術の創作活動をする人達だけでなく、一般のタリン市民が気軽に訪れる場所にもなったのである。
そして、ユスは2011年に不動産ファンドを離れた後、ファンド清算に伴う2014年の売却時にスウェーデンの投資家Erik Andrén氏とともに事業を取得し、今度はオーナー側としてCreative Cityを継続した。この動きによって、テリスキヴィ・クリエイティブ・シティは暫定的なプロジェクトから、恒久的にクリエイティブ産業の価値を生み出す装置へと転換した。2019年には約300の企業が同シティにテナントとして入るのだが、そのうち約90%がクリエイティブ企業、5%が飲食・店舗・幼稚園、そして残りの5%がスタートアップになっている。この数字が示唆することは、クリエイティブ企業の割合の高さである。これは、これらの企業には市場賃料のおよそ半額程度で貸しているからであり、またテナントの選別は非常に厳しくしており、高家賃を取れる店舗なども、同シティのコンセプトに合わないと断っているからだそうだ。そのような姿勢が、2019年に国際写真芸術センターである「フォトグラフィスカ・タリン(Fotografiska Tallinn)」の誘致に繋がっている。この建物にはカフェやレストランも併設されており、そのレストランは2022年にはミシュランのグリーンスターも獲得しており、テリスキヴィ・クリエイティブ・シティの新しい顔となっているが、国際写真芸術センターよりも高い家賃を支払うといったテナントを断ってきたからこそ、その誘致が成功したのである。
もう一つの新しい動きは、2023年には年間800以上の文化イベントが開催され、それらに年間150万人以上が来訪するほど成長しているということだ。しかも若いアーティストなどには会場を無料で提供したり、マーケティングの支援もしたりしているそうだ。それまでもイベントは行われてきたが、現在はまさに文化拠点と呼ぶにふさわしい場所へと変容している。ある個人の思いが、見事に具体化した都市再生という観点からも興味深いプロジェクトである。
368 テリスキヴィ・クリエイティブ・シティ(Telliskivi Loomelinnak)(エストニア共和国)
タリン中央駅北側の鉄道工場跡地に生まれた「テリスキヴィ・クリエイティブ・シティ」は、公的補助ゼロの民間主導で年間150万人を集める文化拠点へと再生した。きっかけは、本格開発までの暫定利用として、ヤーヌス・ユス氏がベルリンの芸術空間に触発されクリエイティブ産業を招き入れたことである。市場の半額の家賃とコンセプト優先のテナント選別が写真美術館の誘致をもたらし、暫定事業は恒久的な創造の装置へと転換した。
テリスキヴィ・クリエイティブ・シティ(Telliskivi Loomelinnak)の基本情報
- 国/地域
- エストニア共和国
- 州/県
- ハリュ県
- 市町村
- タリン
- 事業主体
- OÜ Telliskivi Maja(Telliskivi Maja Ltd.)
- 事業主体の分類
- 民間
- デザイナー、プランナー
- Jaanus Juss
- 開業年
- 2009年
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ストーリー
地図
都市の鍼治療としてのポイント
エストニアは小さな国である。人口は約136万人である。その首都はタリンで、その人口は約46万人。首都に約1/3の人口が集中している。そのような国の首都は、単に政治、経済の中心だけではなく、文化、そして、その国のアイデンティティを発信するような役割をも担うことが期待される。
タリンには世界遺産として登録されている歴史的街並みがある。そして、中世ハンザ都市という歴史資産をしっかりと保全・活用した都市再生が為されている。しかし、その世界遺産である歴史的街並みより、タリンの個性を強烈に発揮させていると個人的に感じるのが、テリスキヴィ・クリエイティブ・シティである。それは、旧ソ連期のオールド・ファッションの産業遺産を見事、クリエイティブ産業によって再利用した都市再生プロジェクトであり、タリンの歴史的街並みと鉄道路線を挟んで対峙して存在していることで、より強烈な存在感を発揮していると感じる。
また、テリスキヴィ・クリエイティブ・シティは空間デザイン的にみると、一人の建築家やマスタービルダーによってつくられたのではなく、有機的に多彩な人々が関与したことによって、つくられていったという特徴がある。それはボトムアップ的につくられたものであり、自然発生的である。そして、市場経済的な影響も、このシティのコンセプトを考えたユス自身が、経済性よりコンセプトを優先することで最小限にしている。このように見事にコンセプトを優先させることは、本来的には経済性を考えなくてもよい行政でもなかなか出来ないことだ。特に近年の、日本の役所はアカウンタビリティを意識し過ぎているので、ユスのような肝が据わったマネジメントはできないであろう。
もう一点、興味深いのは、暫定的な事業であったが、そのポテンシャルを認識すると、それを恒久的な事業へと転換させてしまったことである。しかも、それをしっかりと管理運営できるように事業を取得してしまったユスの胆力である。
都市再生において個人の意思と思いが、ここまで見事に具体化した事例は寡聞にしてあまり知らない。素晴らしい都市の鍼灸士であると感服する。
【参考資料】
テリスキヴィ・クリエイティブ・シティの公式ホームページ
https://telliskivi.cc/en/about-eng/
タリンには世界遺産として登録されている歴史的街並みがある。そして、中世ハンザ都市という歴史資産をしっかりと保全・活用した都市再生が為されている。しかし、その世界遺産である歴史的街並みより、タリンの個性を強烈に発揮させていると個人的に感じるのが、テリスキヴィ・クリエイティブ・シティである。それは、旧ソ連期のオールド・ファッションの産業遺産を見事、クリエイティブ産業によって再利用した都市再生プロジェクトであり、タリンの歴史的街並みと鉄道路線を挟んで対峙して存在していることで、より強烈な存在感を発揮していると感じる。
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