367 スティーブンソン・スクエア(イングランド)

広場 道路規制

マンチェスターのノーザン地区にある「スティーブンソン・スクエア」は、サッカー場の半分にも満たない小さな広場だが、市役所主導の歩行者優先化によって脱自動車政策のシンボルへと生まれ変わった。きっかけは、2019年に市が住民アンケートをもとに歩行者を優先する改善案を公表したことである。車を締め出した道路空間は夏には壮大なオープン・カフェとなり、住民と商業者の双方から歩行者専用化への強い支持を集めている。

スティーブンソン・スクエアの基本情報

国/地域
イングランド
州/県
グレーター・マンチェスター県
市町村
マンチェスター市
事業主体
マンチェスター市
事業主体の分類
自治体 
デザイナー、プランナー
マンチェスター市の職員達
開業年
2020年

ストーリー

 スティーブンソン・スクエアはマンチェスターの都心部の北東にあるノーザン地区(Northern Quarter)にあるバーやカフェが集積している広場である。ここは夏になると広場に机と椅子が出され、壮大なオープン・カフェのような状態になる。
 マンチェスターは産業革命で栄え、それに伴い、ノーザン地区は繊維産業・倉庫・小規模工場が集積し、住宅地から商業地区、工業地区へと変容していき、1830年代にはスティーブンソン・スクエアも赤い煉瓦の商業建物に囲われた。その後、スクエアはトラム、そしてトラムが撤廃された後はトロリー・バスの結節点としての役割を果たすことになり、商業地区として繁栄してきた。しかし、1966年にトロリーバスも廃線となると徐々に衰退が始まり、特に1972年にマンチェスター・アーンデール・センター(Manchester Arndale Centre)という広大なショッピングセンターがすぐそばに開業すると、ノーザン地区、そしてスクエアの衰退は決定的なものとなった。
 しかし、1990年代以降はそれまでの開発から壊されずに残った古い煉瓦建ての建物に音楽、アート、デザイン関係の店舗、チェーン店ではない独立系店舗、バー、カフェなどが入ることでノーザン地区は再生してきた。スティーブンソン・スクエアは、サイズは0.4ヘクタールにも満たない小さな広場である。それはサッカー場の半分程度の広さにしか過ぎないが、その再生を象徴するように文化・レジャー交流の結節点として機能している公共空間である。
 そして、この公共空間の快適性をさらに高めるために、この広場から自動車を排除し、より歩行者に優しい空間にするという考えがでてくる。それは、著名な建築家や空間デザイナーの発想ではなく、マンチェスター市役所の発想であった。スティーブンソン・スクエアの歩行者優先化のアイデアは2015年頃から市役所で検討され始めた。それはデザイン重視ではなく、歩行者優先という政策重視で行われ、ウォーカビリティを意識した空間変容が行われた。そして、2019年にマンチェスター市役所は、ノーザン地区の住民に、歩行環境や自転車での走行環境の改善、さらには公共空間に関する意見をアンケートで調査した。それは、交通政策の基礎データとして収集されたのである。マンチェスター市役所がその改善案を公表したのは2019年12月20日であった。それは、ノーザン地区を自動車よりも歩行者を優先させるものであり、自転車走行環境の改善、路上駐車地区の減少、街路樹の増加、舗装の改良、そして、スティーブンソン・スクエアの歩行者専用空間の創出であった。

地図

都市の鍼治療としてのポイント

 スティーブンソン・スクエアを発見したのは偶然である。マンチェスターの街を歩いていて、たまたま道の交差点の一方を自動車が通れないようにブロックで塞ぎ、残りの空間を沿道の飲食店のために開放している光景をみて、たいそう驚いた。それは、発見した当時(2024年)は、寡聞にして見たことがないような光景であった。警察官がそばにいたので「いつもこんなことをしているのですか」と尋ねたら、夏の期間だけだということと、21時になると道路空間からテーブルと椅子は引っ込めることを知る。
 東西、南北の道路が交差するスティーブンソン・スクエアは、現在(2026年8月)、南北のレバー・ストリート(Lever Street)は歩行者専用であり、東西のヒルトン・ストリート(Hilton Street)は、まだ自動車は走行できる。これらが完全に歩行者専用空間になるには、もう一段、高いハードルを乗り越える必要はあるが、人々が広場に面したカフェやバーで長い夏の日を楽しんでいる風景をみると、それが具体化する日もそんなに遠くないかもしれない、と思ったりもする。
 実際、マンチェスター市役所が歩行者優先化の事業に関してのアンケート調査を住民に実施したところ、600以上の回答者が広場の完全、歩行者専用空間を訴えたそうである。スティーブンソン・スクエアの最重要の役割は、「座ってリラックスできる」ことであると指摘した回答者が多かった。そして、さらに街路樹やパブリック・アートを増やして欲しいとの意見も多くあった。これらの肯定的な回答は、住民からだけではなく、地元の商業者からも歩行者専用空間への強い支援があった。
 スティーブンソン・スクエアは、1841年の穀物法へのプロテストが行われた場所であるなど、マンチェスターの歴史と深い関わりがある。そのような象徴性の高い公共的な広場が、マンチェスターの脱自動車政策のシンボルとして再生することの意義は大きい。そして、それを行政が主導している点が素晴らしい。
 スティーブンソン・スクエアは、ノーザン地区の道路ネットワークの中の小さな公共空間であるが、それを行政が的確な政策によって、よりヒューマンでアーバンな空間へ転用した極めて優れた事例であると考えられる。行政による見事な「都市鍼治療」プロジェクトである。

【参考資料】
Ian Pennington (2020): “Northern Quarter's Bee Network Makeover”
https://manchester.nowthenmagazine.com/articles/northern-quarters-bee-network-makeover-manchester-active-travel-design

類似事例

取材・執筆:服部圭郎 龍谷大学 政策学部 教授

都市政策・都市計画を専門とし、世界各地の都市再生事例を現地調査しながら 「都市の鍼治療(Urban Acupuncture)」として記録・発信している。