東北復興は、次世代型まちづくりの手本を示せるのか



連載 東北復興は、次世代型まちづくりの手本を示せるのか
第6回「東北復興にみる次世代まちづくりの展望(座談会)」

■内容

1 この復興をどう評価するか
(1) 若い人が戻った、余所の人が来た
(2) コミュニティの強いところが復興の場面で力を見せた
(3) 行政と市民の関係が再構築されつつある
(4) 地域資源(モノ、人)が再認識された
(5) プランニングの発想が見直されつつある(計画の縮小、見直しなど)

2 次世代まちづくりとしての復興
(1) プランニングは変わるか
(2) 合意形成の方法論は変わるか
(3) 地域と行政のガバナンスは変わるか

■座談会参加者プロフィール

内山 征(うちやま すすむ) 1971年茨城県生まれ。東京理科大学理工学部建築学科卒業。株式会社アルメックVPI主任研究員。(NPO)日本都市計画家協会理事。技術士(都市及び地方計画)。

江井 仙佳(えねい のりよし) 1969年東京都生まれ。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。環境戦略株式会社代表取締役。NPO法人都市計画家協会理事。国際コンペ「21世紀・京都のグランドビジョンン」入賞、三井住空間デザインコンペ第1回入賞など。

塩谷 貴教(えんや たかのり) 1970年岐阜県生まれ。三重大学工学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了。株式会社地域計画連合取締役、(NPO)日本都市計画家協会正会員。技術士(都市及び地方計画)。著書に、「密集住宅市街地のまちづくりガイドブック」(共著、(社)全国市街地再開発協会)。

高鍋 剛(たかなべ つよし) 1967年仙台市生まれ。横浜国立大学工学部建設学科卒業、同大学工学研究課計画建設学修士課程修了。株式会社都市環境研究所・主任研究員・地区計画室長。NPO法人都市計画家協会理事。著書に、「都市計画マニュアル-土地利用編」(丸善/共著)、「都市・農村の新しい土地利用戦略」(共著、学芸出版社)、「自治体都市計画の最前線」(学芸出版社/共著)など。

中川 智之(なかがわ さとし) 1959年大阪府生まれ。東京理科大学工学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了。株式会社アルテップ代表取締役、(NPO)日本都市計画家協会理事。技術士(都市及び地方計画)、一級建築士。著書に「景観法を活かす」(共著、学芸出版社)、「環境貢献都市-東京のリ・デザイン」(共著、清文社)、「マンション建替え-老朽化にどう備えるか」(共著、日本評論社)など。

渡会 清治(わたらい せいじ) 1949年静岡市生まれ。武蔵工業大学建築学科卒業。株式会社アールトゥ計画事務所代表取締役、(NPO)日本都市計画家協会副会長、(社)日本都市計画学会会長アドバイザリー会議委員。技術士(都市及び地方計画)。著書に「新都市計画マニュアル」(編共著、丸善)、「都市計画マニュアル」(編共著、行政)、「地域と大学の共創まちづくり」(共著、学芸出版社)、「都市・農村の新しい土地利用戦略」(共著、学芸出版社)など。

企画・制作:公益財団法人ハイライフ研究所 / NPO法人日本都市計画家協会

第6回レポート全文は以下のPDFでもお読みいただけます。

第6回「東北復興にみる次世代まちづくりの展望(座談会)」

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はじめに

高鍋: 今までの5回の連載を総括して、この座談会ではこれまでの復興を評価しつつ、次世代のまちづくりに論を展開していきたいと思います。前半では、みなさんが見た中で具体的にこんなことがある、これはたぶん現象としてはまだ小さいけど、そのまちが動いていく一つの大きなターニングポイントかもしれないよねというような、この復興で評価できることを議論したいと思います。まず、評価できそうなことを5点あげてみました。。

1.この復興を評価する
 ①若い人が戻った、よそものが来た
 ②コミュニティの強いところが復興の場面で力を見せた
 ③行政と市民の関係が再構築されつつある
 ④地域資源(モノ、人)が再認識された
 ⑤プランニングの発想が見直されつつある(計画の縮小、見直しなど)

 後半は次世代まちづくりって何ですかという話について、前半の評価の話を振り返りながら、ひとつはガバナンス、もうひとつはプランニングの手法とか理論という話を、議論してもらえればと思います。

2.次世代まちづくりを定義し展望する
 ①ガバナンス論
  ・市民と行政のコラボレーション、プランニング
 ②プランニング論
  ・既存ストックの再生、縮小するアイデアを手法
 ③マネジメントとプランニングをセットで考える発想



1.この復興をどう評価するか

(1)若い人が戻った、余所の人が来た

■まず地元に帰るという動き

渡会清治

渡会清治

渡会: 復興のプラス面の1つは、被災に直面して自分自身の問題としてこれから何をやらなきゃいけないか一生懸命考え、地元を自分たちでもう一度復興再生するという、大きな流れを作ったことにあると思いますね。仙台や石巻などの大きい都市を別とすれば、被災したほとんどのまちは高校まではあっても大学はないので進学や就職の際に地元を離れる人が多かった。このような中で東日本大震災東日本大震災東日本大震災が起きました。何はともあれ親・実家が心配で故郷に帰ったのだが、地元の復興などに係わるようになるなど、20代から40歳前後くらいの人たちが地元に戻って新しい力になるという状況があったと思います。例えば釜石では「ネクスト釜石」という団体ができて、そこが釜石の復興の若い人たちのコアになっています。石巻でも「石巻2.0」ができ、様々な活動をしています。今回の震災を契機に戻った人と、地元にもともといた若い人たちが一緒になって新しいチームを作り、従来の地元組織とは別の動き方をして復興の原動力となっているような気がします。

中川: 震災が起こる前から、今の日本の就業形態など、自分の生活に対してある種の違和感を持っている人が結構いたと思います。例えば、里山資本主義みたいな生活スタイルを求める人が、3.11をきっかけとして、アクションを起こすことになった人もいるのではないでしょうか。

高鍋: この先どうするかというのを別としてまず帰ろうという人がかなりいました。よその人も、とりあえず支援に行って、そのうち暮らしてなんとか仕事しながら支援したみたいな人がけっこういる。ただ、そういう人たちが住む家がない、あっても家賃も高いし仮設にも住めない、これを何とかしないといけない。

渡会: 地方の中小都市では、若い世代を呼び戻すために新しい産業が必要だと言われ続けていますが、実際にはなかなか実現できず徐々にさびれていくという状況が多い。そういう中で東北は、震災という悲劇はあったけれど、若い世代が戻るなり、地元の人ががんばるということで、今までできなかった地元主体の産業づくりの芽が出てきています。この東北の動きは、我が国のひとつのモデルになると考えられます。

■支援に入った「よそ者」の効果

渡会: そして、外から様々な人達が復興の支援として入ったことも変化のきっかけをつくったと思います。地元の人達だけが変わったのではなく、むしろ外側の人達が、地元の人達にとって強い刺激になったと思います。新しい考え方を持ち込み、それが地元にとって有効だった地域もあると思います。


高鍋: 以前に震災を経験した中越地域でも同様のことが言われています。今まではよその人と付き合ったことはなかったが、支援に来た「よその人」と付き合ううちに交流が非常にうまくなり、商売も上手になったと。


■地元主体の頑張り

高鍋: 元々住んでいた人たちも大きく変化しました。たとえば陸前高田市では建設業をやめて自分で会社作って起業して仕事つくることに乗り出した人もいます。おらが大槌などは、地元の人と戻った人と外から支援で入った人とのコラボレーションですよね。


内山征

内山征

内山: 陸前高田市の未来商店街は特徴的な例ですね。震災前、陸前高田市の商店街は空き店舗などが混在し商店街の魅力は低下していました。このような中、震災で壊滅したまちの姿を見て立ち上がったリーダー的経営者を中心としたやる気のある店主が集まって陸前高田未来商店街を作り上げました。やる気のある人間が集まって、ほかの仮設商店街とも結びついて、本当の復興を目指してやっていこうという契機になっていると思います。

高鍋: 震災で従来の商店街のしがらみが無くなり、白紙の状態でやる気のある人が何かをやれる環境が出来たということは言えます。これから、様々な組織とぶつかることになるでしょう。たとえば商工会とかね。

塩谷: 既成市街地のまちづくりの仕事をしていますが、既存の自治会に対して、新しい人達がテーマ型まちづくりを持ち込もうとして、地元とフリクションが起きているところがあります。被災地も同じですが、震災でしがらみが多少崩れたので、新しい人達が入り、うまく新しい方向に向かっているという事例も聞いています。いわゆる地縁型コミュニティとテーマ型コミュニティをどうやって結びつけるかという点が、震災を契機にうまくできたという例はあります。


陸前高田未来商店街配置図

陸前高田未来商店街配置図

陸前高田未来商店街ワークショップの様子

(↑陸前高田市未来商店街では、商店街の環境整備の計画と事業化を実施。現在はマーケティング活動にも展開。)


【参考動画】日本都市計画家協会 震災復興・連続シンポジウム第6回2013.6.15にて撮影

「陸前高田未来商店街‐今、そしてこれから-」陸前高田未来商店街理事長 橋詰真司

(※Tips: 画面が小さいですか? 再生中に動画の右下隅部分をクリックすると、動画サイズを最大化することができます。)

「JSURP(日本都市計画家協会)による未来商店街支援の概要」日本都市計画家協会理事 内山征

(※Tips: 画面が小さいですか? 再生中に動画の右下隅部分をクリックすると、動画サイズを最大化することができます。)


(2)コミュニティの強いところが復興の場面で力を見せた

■既存コミュニティとリーダーシップの存在

高鍋: 同様の地域でもうまくいっているところと、そうでないところがあります。それは、リーダーの有無や、協働で何かをやってきた経験があるかどうかということと、さらには、行政とうまくやれるスキルがあったかということの差ですね。

渡会: 仙台近郊や石巻近郊のようにサラリーマンが多い地域では地縁的なコミュニティが希薄になってリーダーシップが弱い地域もあります。そのような地域では、行政が全部面倒を見ないとなかなか進まない状況がある。比較的うまくいっているのは地縁的なコミュニティがもともとあって、だけどそれは年功序列型の古いタイプだからそのままでは機能しないものが、震災と言う非常時で世代交代したり世代ミックスがうまく機能したところだと思う。

内山: 宮城県南三陸町には、集落を単位に昔から契約講という地縁団体があって、集落背後の山の土地を持っているところがある。震災復興の防災集団移転促進事業の移転先にこの契約講の山を活用して復興を円滑に進めています。また、陸前高田市では、震災前からコミュニティの結束力のあった要谷地区では、防災集団移転促進事業の実施をリーダーが地域をとりまとめ、被災地の中でも早い時期に事業が完了しています。大船渡市の越喜来(おきらい)地区は震災前から地区公民館を単位とするコミュニティ活動が盛んで、被災直後から復興委員会とその下にまちづくり委員会を設置してまちづくり計画に取り組んでいます。

大船渡市越喜来浦浜・泊地区ワークショップの様子

大船渡市越喜来浦浜・泊地区ワークショップの様子

(↑大船渡市越喜来浦浜・泊地区ワークショップの様子。日本都市計画家協会は越喜来地区のまちづくり委員会の支援を行っている。)

【参考動画】

「大船渡市越喜来の現在と浦浜・泊地区まちづくり委員会ワークショップ」2013.12~2014.1

(※Tips: 画面が小さいですか? 再生中に動画の右下隅部分をクリックすると、動画サイズを最大化することができます。)


■「陳情型」か「意思表明型」か

内山: 様々な地域の復興に携わって感じるのは、自分たちはこうしたいというような意見を持っている地域と、行政にこれを要望していきたいという意見ばかり出てくる地域に分かれるという点です。やっぱり前者の方が強いですよね。


塩谷貴教

塩谷貴教

塩谷: 今まで地域の方達の行政との付き合い方として、ずっと要望するという形をとってきたまちでは、行政へのアプローチは陳情型しかできない、他のアプローチを知らない人々が多いのではないでしょうか。自分たちのまちのことだから、自分たちで取り組みたいという発言をできる人が少しでもいると、なんとなく雰囲気も変わっていきます。行政との向き合い方が今までどうだったかというのが多分に影響している可能性があります。


(3)行政と市民の関係が再構築されつつある

■行政と地域の関係は変わったか

高鍋: 3番目は「行政と市民の関係が再構築されつつある」という視点です。一般的に行政と市民は対立的な関係になりがちです。しかし、被災地の自治体は、これまで経験したことがないくらい、密に住民と話す機会ができました。例えば、象徴的にいうとフェイスブックで副市長と市民が友達になったりして、会議以外にも対話があったりします。これは、大きな変化ですよね。文句も言うけど「いろいろおつかれさん」みたいな会話もあって、距離感覚がだいぶ縮まってきている。行政サイドでも、地域の主たる人と相談して、戦略を一緒に練ったりしているところもあります。


中川智之

中川智之

中川: 同様のことを感じています。福島県のある町ではワークショップへ町長が毎回出席し、また、町長の奥さんもワークショップの中に入って、住民と一緒に意見交換をしています。福島県内被災地市町村では現職首長が落選し、新しい首長に変わっているところが多いですが、新しい首長は、市民と協働という姿勢で、市民意識の中に入り込んで一生懸命やっている人が多いようです。このような動きをみると、今までの行政対市民の対立ではない、違う形の関係ができてきていると感じられます。

高鍋: ワークショップを初めて経験した行政職員や町民はいっぱいいます。「これがワークショップですか。」というような。

塩谷: 福島県新地町の職員の方々は、まちづくりに関するワークショップの現場で、自分たちでファシリテーターを担当されていました。経験のあった方は少なかったようで初動期は大変だったようですが、主体的に係わり町の人の声を聞くというスタイルが形成されていました。新地町は、震災後の職員間での情報共有、住民への情報提供を非常にしっかりやっていたことが一つ、そして宅地開発の事業経験があったので、事業の動かし方を知っていた点が大きかったと言えます。また、福島県の北端にある町なので、自分たちが主体的に動かないと、放って置かれるのではないかという危機感を持っていたようで、それがプラスに動いていると思われます。

福島県新地町のワークショップの様子

(↑福島県新地町のワークショップでは町職員がファシリテーション)

高鍋: 新地町は事業経験があったが、他の自治体で面整備事業を長年やっていないところは、地権者との話し合いの機会が少ないから事業をやるのは大変でしょうね。


■盛り上がる地域と盛り上がらない地域の差は?

内山: 合併で大きくなった市町村では、以前の小さい自治体のように、きめ細かなサービスを受けられないことに気が付いている住民はいます。そのような人たちは、自分たちで動き出さないとまちづくりができないと思い動き出した人と、相変わらず“行政にやってもらう感”を持ち、何もしない人がいます。

高鍋: 徐々に、全体的に住民側の意識も変わっていきますか?

内山: 同じ自治体内でも地区によって意識が違います。コミュニティ再生を目的とする仕事で携わっている某自治体の例をお話しします。ある地区では相変わらず公共施設の建設の陳情の意見ばかりが出ています。一方である地区では、若い世代が暮らしていくことができないと地域が維持できないと気づきました。その上で、若い世代が復興疲れをしないために、集まる場としての飲み屋や女性のサロンなどを自分たちが作ろうという検討を始めています。きっと、1つの地区がうまくいき出すと、他地区も感化されるのでしょう。

高鍋: 若い世代が会議に出てくるのはどういう地域ですか?同じ様に呼びかけても出てくるところとこないところ、そういうのはどういう違いなんだろう。

内山: 「面白そうだ」と思ってもらえるかどうかがかなり大事だ思うんです。

高鍋: 面白いと思う精神ね。


(4)地域資源(モノ、人)が再認識された

■地域資源や危機感の違いで出てくる人が異なる

塩谷: ワークショップなどでは、地域の資源や検討テーマ等によって出席する人が違います。例えば、新しく学校が出来る周辺ではやっぱり若いお母さん達が集まってきます。やはり、地域にある資源や検討テーマ等によって集まる人に差が出てきます。山間部であると若い人は少ないので高齢者が集まります。震災復興の地域協議会等には、自分たちのまちがどう変わっていくかということに関心が高い人が集まります。

高鍋: 危機感もあるでしょう。例えば、陸前高田市の広田地区が盛り上がっているのは、最初、市から見放されていたという面もある。このままでは、たいへんなことになるという意識もあったし、もともと、コミュニティがしっかりできていることなどが要因となっていると思います。さらに、中堅世代に実質的に世代交代させ、長老が裏で抑えるという体制もある。


(5)プランニングの発想が見直されつつある(計画の縮小、見直しなど)

■地域性を無視してプランニングしてはいけない

渡会: 今回の震災復興においても、国や県のやり方は結局市町村ごとの違いをほとんど考慮しない同じスキームで進めようとしています。同じタイムスケジュールで進めるのはおかしいと思うのだが、同じように地区レベルにおいてもそのことを意識しておかなければいけないと思います。資源や人材に地域差があるのに、同様の水準で成果をもとめようとしている傾向があるような気がします。地域ごとの特徴は見るけれど、目指す成果は同じレベルが前提にされているみたいなところがあります。問われているのは、むしろ地域にあった成果を見いだすところにあると思います。

陸前高田市広田地区ワークショップの様子

陸前高田市広田地区マスタープラン

(↑陸前高田市広田地区では住民が自ら会合を繰り返し、支援者の助けも得ながら地域の復興マスタープランを作成した。)

高鍋: そのとおりですね。本来なら、構成から何から全然違う計画になるべきですよ。例えば、広田地区にはどういう資源があってどういう人がいてどういう環境がまずあるか、要するにそこにあるリソースは何か、どういう人が動けるかってことを整理し、その前提で、どのようなプランニングが可能かっていうところから考えないといけない気がします。そういう意味では、震災によって、地域の資源や人が重要であり、よその人が来て資源を再認識させられましたよね。


■震災によって自分の地域と向き合うようになった

渡会: 今回の震災では、いやおうなしに自分たちが住んでいる地域と向き合わざるを得なかったわけです。そのことが、住民の意識を変え、陳情型と自立型の違いはあるけれど、双方ともに真剣にまちづくりに取り組む契機となった。ここから先のやり方っていうのはいろいろあるとしても、次につながる財産に必ずなる。

中川: 時間概念は非常に大事だと思います。震災直後はスピードを重視し、それに対応して計画づくりが行われました。しかし、現在、客観的な視点から計画を見直す動きが出てきています。例えば、岩手県の大槌町では、平成25年度に復興基本計画の見直しを行っています。復興のプロセスの中で、その時の状況にあわせて対応するということになっていますが、正直、数年先は、どうなるかわかりません。復興を評価するというより、この3年間の現象の起こり方が、地方都市の活動を含めて、これからの我が国のまちづくりにおいて起こることが凝縮的に顕在化したということですね。時間をフォローしながら動きをウォッチしていくと、震災のことだけではなく地方都市の、これから起こりうる問題の解なりヒントが見出せるかもしれません。

高鍋: 地域ごとに復興の進捗状況や課題は違うから、地域にあわせたプロセスを踏めるかが問われると思います。

渡会: 多くの地域で、大槌町のように多少なりとも当初計画の見直しをせざるをえないでしょう。被災後、戻ってくる人の数が当初の見込みよりだいぶ少ないでしょうから、それにあわせて計画自体を修正していかざるを得ないでしょう。


2.次世代まちづくりとしての復興

(1)プランニングは変わるか

■変化に対応できるプランニングができるか

高鍋: プランニングの話に入ったので、2番目のテーマに入ります。「次世代」というキーワードで言えることがあるとすると、先が読めない時代だということだと思います。2年後どうなっているか読めません。先日、ブラジルのクリチバ市の方々と話しましたが、ブラジルの都市計画では決めてから3年以内に着手なり動かす、動かないなら全部を中止すると。日本の都市計画はもっと悠長で、プランニングは長期を見通すんだから10年後くらいの将来像を描いてそこへ向かっていくというこれまでのプランニングの発想があり、一方で事業としては10年経って動かないのに直さないっていうのが多々あります。今、東北の状況を見てそういうプランニングの発想でいいのか、あるいはもうちょっと柔軟に考えるのがいいのかという意見をいただきたいと思います。合意形成のプロセス等を考えると、頻繁に見直すのは難しいかもしれません。次世代のプランニング論の1つの視点として、このようなことがあると思います。

中川: 都市計画家協会の機関誌プランナーズの特集で、事業先行型のまちづくりの話がありました。それを読んでいて、私も同様のことを感じています。事業重視はいいのだが、プランニングの枠組みたいなものがないと場当たり的にやることになるのでそれはちょっとまずい、枠組みを作りつつ動態可変するような仕組みが必要だと思います。

渡会: 被災地の復興計画はいずれ見直さざるを得ない。見直さなければ初期から言われていたような、空き家だらけの復興市街地をあちこちの都市に造ってしまうことになる。問題は、どうやったら見直す方法があるのかという技術論にあって、実態ニーズと、住民合意と、法制度整合の3層構造を時間軸上でいかにして解くのかと言うことが問われているのだと思います。


■「プロセスデザイン」が不在だった

内山: 本来、この震災の復興計画では、不確定な要素が多いことを踏まえて、見直しの時期や条件等を含めたプロセスデザインをしっかりやるべきでした。しかし、多くの被災自治体では、計画策定後のプロセスを規定していなかったので、今問題になっているのだと思います。

高鍋: 日本のマスタープランは議会の議決をしない100%の行政計画です。行政のための管理計画ですよね。その意味では、復興計画は議決している自治体も多いので、ストラテジープランに近いやり方をしてもいいかもしれない。

渡会: 都市計画は個人の財産権などを制限するところがあるので、そう簡単に変えることは難しい面も持っているので、復興特例のようなものを考えるべきだ思うのですが。

高鍋: 都市計画決定の賞味期限を決める、いわゆるサンセット型都市計画もありますよね。

中川: 国土交通省が都市計画法の抜本改正の調査を行っていたときに、街路整備とか土地区画整理事業などの事業についてはサンセット型にして、期間ごとに見直していくということを検討していました。しかし、その後の経緯は不明ですが制度化には至っていません。


■復興計画は見直し、シュリンクさせる事が前提のはず

渡会: 被災地に限らないが、人口が減少する状況では、全体として都市をシュリンクさせていかなければいけないわけで、今回の震災はこういった時代背景の中で起きた。しかし、復興都市計画は従来型でやらざるを得なかったので、事業自体を動かす段階で事業計画を時間経過に即してシュリンクさせなければならないところに入っていると思います。

内山: 被災地の復興で考えると、最初の一年目に大枠の荒削りなプランをつくり、今の時期には現実的な人口フレーム等を確認しながら、きめ細かなプランに修正していくというスキームが本来の姿だったと思います。

渡会: 復興計画で当初見込みの範囲で都決(都市計画決定)したんだけど、2年たったら実際の需要はこれくらいに縮小した、これをどういうふうに処理していくか、今現実にそうせざるをえなくなりつつある。現場では四苦八苦して対応を考えているのが現実でしょう。

高鍋: こういう問題はもう新しい制度や事業をつくらないと対応できないよ、ともっと言った方がいいですね。

中川: 縮小することは確実なのですが、既に決めた計画をどの段階で変えていくかというプロセスは、まだ検討されていません。

高鍋: 復興の現場に象徴的なのは、住民意向が毎年変わるということで、計画も先が見えていたのに次の段階としての意向調査をするとまた見えなくなる、状況が変わるので、それに対応するのが大変で、それだけで職員が疲労困憊してしまう。だけどそれも復興特有の現象だから、それに対応出来るような制度というか、アイデアが必要なんだよね。地域ごとに需要が変わるしね。

内山: 事業論の比較ですが、都決には仮決めというものがないので土地区画整理事業は決定してから縮小するのに苦労します。一方で、防災集団移転促進事業は、すべてが整ってからでないと決められないので、結局、土地が取得できなくなり、最初からやり直しになることも多いです。復興事業は、段階をおって、その過程に即した事項を決めていくというプロセスをもっていないので、うまくいかないことがあるようです。


■「余白」をプランニングする

塩谷: 一定の時間の中で決めなければならないという仕組みになっているから、どうしても無理な状況がおきます。例えば、被災した低地の利用も、何かに使わなければならないという意識で計画が進められています。余白のままで残しておき、将来的に利用意向が出てきたら計画し、使っていけばよいという考え方が必要だと思います。将来計画する余白を残していくといったスケジュール感でプランニングができないっていう状況が問題だと思います。

渡会: ニュータウンの計画の頃から同様なことが言われているのだが実現しないですね。都市計画決定とか復興計画という制度的な仕組みの重さなのでしょうかね。


■復興の「目的」を共有化できているか?


江井仙佳

江井仙佳

江井: 今回の復興の特徴は、三陸の漁村集落が多いこともあって計画単位が非常に細かいという点と、右肩下がりの時代の計画のあり方やまちづくりプロセスを、実験的なほどに模索していると言う点ですね。いわば手探り型のプランニングとその事業化を実践していて、それが見直しの話にも関係してくる。将来像的な青写真がないなかで、少なくとも被災前の状態まで戻そうという共通意識だけで、よくこの手探りを続けているなというのが正直な感想です。

高鍋: 「復興」という言葉はみんなが共通認識できる。しかし、「復興とは何か」については共通認識しているわけじゃないですね。まちの将来像を議論するときに復興の言葉は当たり前だけど、みんなが共有する未来、目標は実は描きにくい。抽象的で、どのような意味にも読みとれるキーワードになる傾向があります。

塩谷: 将来像を描くための手法としてフューチャーセンターセッションという取り組みが拡がりつつあります。未来についてどういう状態が望ましいかということが、みんな描ききれていないので、まずはそれを話し合ってアプローチしていくプロセスが求められています。

高鍋: 被災時のショックもあって、そうした組み立ては被災者にとって少し精神的に難しかったと思う。

内山: そう、高齢者は特にそうですね。でも若い人達の中には立直りの早い人もいて、先日、「みんな勘違いしているぞ、俺たちはとてつもない災害を体験したんだから、そう簡単には戻らないというのをみんな認識してやった方がいい。2年や3年で住宅が戻るというような、そんな災害じゃなかった、だからちゃんと認識してしっかり道筋を作ってやっていくべきだ」と言う40代の人がいました。

高鍋: 強いねその人は。


■見通しが立たないつらさ

中川: 住民に焦りがあるのは、見通しを示してもらえないからではないでしょうか。見通しもない中で、みんな疑心暗鬼になっているところがあります。見通しを示せれば、仮設にいる住民も少し落ち着くのではないかと思います。

内山: 被災者は、この3年間の歩みを見て今のスケジュールでは終わらないと思っているのに、行政は相変わらず平成30年度にあわせた公式発表の繰り返しです。これでは、住民は生活再建のプランニングができません。被災者による生活再建の設計を考えれば、復興スケジュールの存在は非常に重要で、あまり建前にこだわらないで、今この時点からどの程度の期間がかかるのかについてできるだけ信頼度の高い情報をわかりやすく提供していくことが大切だと思います。しっかりとした信頼関係がつくれれば、住民側も落ち着くと思います。


(2)合意形成の方法論は変わるか

■合意形成のあり方について

高鍋: 次に、合意形成のことです。この復興で合意形成手法は進化していくと思いますがどうでしょうか。一番分かりやすいのが防災集団移転促進事業は、関係者の100%合意なので、わかりやすい。土地区画整理事業は、被災地に限らなく、地権者を中心とした合意形成ですが、エリアが広い場合には、合意形成の課題があります。

中川: 震災直後と現時点では、合意形成のあり方が変わってきていると思います。時間をかけてしっかり合意形成するということをやっていかないと、実は早く進まないと思います。協議とアウトリーチでしっかりやっていくことが大事ですね。合意形成の協議だけやっていてもしかたなくて、しっかりした意向把握とか、合意形成するための材料をしっかり用意する必要があると思います。


■防潮堤は合意形成が不要だという誤解?

高鍋剛

高鍋剛

高鍋: 防潮堤に象徴的ですけど、誰が何を決めるのかが明確になっていないと思います。決めることは沢山ありますが、首長が責任をもって決めるべきことと、住民に任せることなどを明確にすべきではないか。しかし、そのようなことが、ごちゃごちゃになって整理されていません。中途半端に住民の意見聞くことにより、スパークして何も決まらなくなるということが、防潮堤の問題では特に起きているのではないかと。

渡会: 防潮堤に関しては、行政側が、もともと合意形成を考えていなかったふしがあります。まちづくりと違って、どうも防潮堤に係わってきた行政担当セクションや学識者の方々は「住民合意」が必要だとの認識はなかったのではないか。

高鍋: そうそう。「えっ!反対なんですか!」みたいな感じですよね。だから想定外。

渡会: 国や県は、防潮堤のことで反対運動等が起こり、相当戸惑ったと思います。

内山: 土地区画整理事業のように地権者がステークホルダーになるものと、防潮堤のように国民全体がステークホルダーになるものの間にあるマスタープランのようなものについては、合意形成のあり方をしっかりと考える必要があります。

中川: 防潮堤の高さについては、どういう価値観でどのような選択肢があって、何をみんなが求めていくのかというのをしっかりウォッチした上で、判断していくような手続きを踏めば、また違う解が出たと思います。そのようなプロセスがありませんでした。

渡会: 防潮堤のようにステークホルダーを明確化できないものであっても、説明責任はしっかりとする必要があります。

高鍋: 防潮堤は、大規模な土木構築物だからっていうこと以前に、景観などの環境要素も絡むし、何よりその地域の復興ビジョンと直結していることが問題をややこしくしてますよね。

中川: 震災復興だけではなくて、広域調整の合意形成は、同様のことが言えます。周辺住民と広域的な利便性とか、その辺は解けていません。

渡会: それに防潮堤の場合は安全確保の問題があり、地元合意だけでは判断できないところもあるしね。最悪の場合に誰が設計責任、工事責任、管理責任をとるのかと言うことがつきまとう。


■合意形成が大事かスピードが大事か?

内山: 合意形成には時間がかかるというイメージがあり、震災当初は復興計画や復興事業において、タブー視されていたと思います。合意形成が必要というとまわりから白い目で見られたことがありました。復興計画でも、合意形成プロセスの設計をしっかりと行ったところは、福島県新地町などわずかな例外を除けばほとんどないでしょう。住民アンケートと説明会だけで終わっているところが多いです。ワークショップを開催したところも少ないと思います。

中川: いろんな合意形成のテーマがあるので一概に言えませんが、平常時からみんなでコミュニケーションをとっているところは合意形成が得やすいという傾向はあります。

塩谷: 地域で話し合いをして納得感を得ていく体験をしていない地域は、自分がどのタイミングで何を言ったらいいかわからない人ばかりなので、意見がまとまらないという傾向があります。同時に、意見を聞く側においてもどのように聞けばよいか方法がわかっていない場合もあります。

高鍋: マイケル・サンデルが東北大学に来て白熱教室をやりましたよね。その時に、合意形成とスピードについての問いを出した。「時間がかかっても合意形成をして決めるべきか、合意形成が充分でなくてもスピードを優先して決めるべきか」という問いです。それが面白かったので、うちの事務所の若い職員のための研修のワークショップでも出してみたら、東北大学の会場でも意見が半々に分かれたのですが、うちの事務所でも同じように分かれた。それぞれに理由があり面白い結果でした。しかし今回サンデルは、自分なりの答えを用意していて、最後に会場の人に意見を出してもらっていたのですが、結論的には合意というのは、やはり様々な意見をもつ関係者がいるから難しいけれど、やはり納得するプロセスを進めることが大事だという話でした。そのことを住民や関係者が理解した上で、プランニングに参画するということをやっていかないといけないと思います。


■合意形成の方法とスケジュールを示す事が大事だった

内山: PI(パブリック・インボルブメント:公共事業の実施にあたり、関係する市民等に情報を提供したうえで、広く意見を聴き、それらを計画づくりに反映していく市民参画手法)のように、最初に合意形成のプロセスを公表・説明することが大事です。今回の震災復興においてスピードを重視するのであれば、最初に「スピードを重視するので、合意形成プロセスはこのように進めます」というアプローチがあれば良かったのだと思います。

高鍋: 今でも、ワークショップはやるけれども、合意形成のプロセスとして行っているのではなく、ニーズ把握的な場合が結構多く、結局は行政内部で決めているところが多いんじゃないですかね。

渡会: 震災当初はみんなショック状態だったし、行政職員も手探り状態なのでなかなか難しかった面もあります。私も平成23年の5月ごろから被災地に入っていますが、行政にも被災者にも、なかなか合意形成の話ができる状況にはなかった。ある程度の時間は、どうしても必要だったと思います。ただ、すでに半年後くらいからはこうしたプロセスが本来とられるべきだったと思いますね。

中川: 現在、南海トラフ地震や首都直下型地震に対して、各地でワークショップをしながら避難路マップを作るなどの取り組みが進められています。平常時から次の災害に向けた準備をして地域防災計画や津波避難計画などを策定しています。市民を巻き込んでやるケースが多いですが、これは、今回の震災復興の反省を踏まえた取り組みともいえるかもしれません。


■合意形成プロセスの中に「説得のプロ」もいるのではないか?

江井: かつての都市計画事業では絵(計画)のプロと説得のプロがいて、その二つがセットで動いていました。その後、「参加」のプロセスが入り、絵のプロ・説得のプロの役割・スキルも変化していったような気がします。今回は、合意形成を図りながらじわじわと絵を描いていくことが、特に当初段階において、やりにくい局面だったと思うので、説得のプロの存在を再度見直してもいいと思います。合意を目的にニーズに合わせた絵を描くというスタンスでは足りない局面がいろいろある。同時に絵のプロもいないといけません。そのようにしていれば、例えば、人間が暮らしていく中での土木構造物として防潮堤の計画図が、今回提示されたようなものとは違っていたと思います。

渡会: 今回は、オンザジョブトレーニングみたいなものが、当初段階にはあって、住民の人達も一通りワンラウンド経験して勉強して、そこから先はそれぞれの人たちがしっかりと考えていくというようなことになるのではないかと思っています。全体としては、相当大きなコストを払っているのですが、縮小しながら次のステップに踏み出し始めているという感じがします。むしろ、そのようなことを全体の局面の前提条件として、復興のプランニングやプロセスを組み直すことが重要です。

江井: この場の議論は、計画に携わる人が合意形成に対しても責任を持たないといけないという認識が背景にあるのでしょうが、要は絵を描くのも地元に投げているんだから、合意形成の責任をそろそろ地元にも持ってもらう、地元が責任を持って合意形成をデザインしていくと言うのが次のステップだと思うのですが。


(3)地域と行政のガバナンスは変わるか


■地域のガバナンスの再構築の機会

渡会: それが地域のガバナンスの再構築ということだと思う。我々にできることには限度がある。地区の計画やまちづくりのプラットフォームづくりをある段階までサポートし、そこから先は住民自身で自立して組み立て直して、やっていけるような、ある程度の道筋を作るところまででしょう。そういう意味で、今の計画や復興のやり方を再構築するのは大事だと思います。今のままでは投下した資金に対して相当の無駄が出てきます。

高鍋: ある漁村の復興では、「ここから先は自分たちで決めないとだめだよ」と言っています。その後は、自分たちで、話し合いの場をつくるところから始めないといけないでしょう。

江井: ファシリテーターの中には、意見のとりまとめだけではなく、ガバナンスのサポートまでしているような人もいると思います。地区毎で、ガバナンスの上手い下手は明確に違います。下手なところには、ガバナンス力をつけさせるように、外の人を入れるなどが考えられます。プランナーの役割もずいぶん変わってきたと思います。

座談会の様子2014/1


■地域の主体性をどうやって引き出すか

塩谷: 合意形成の手段というよりは、地域の主体性を引き出してあげるというところが大事だと思います。釜石の花露辺(けろべ)で、防潮堤をつくらないということを決めたことが話題になっているけれども、外部支援などの様々な人達の意見もありつつ、結局地元の「外の人が何を言ったって自分たちがここに住むのだから自分たちで決める」ことになったそうです。ある意味、外から来た人たちの効果・影響は、それなりにあったんだなと思いました。

高鍋: それは一つの一里塚かもしれない。外からの刺激があって、「自分たちで決める」ということを決めた、ということだよね。一方で、しばらくはなかなか進まない地域もあります。専門家が入っているのですが、自分たちで決める力がないところ。そういう意味で言うとプランナーに求められていることは、決めるためのサポートという部分もあると思います。

中川: デザインやプラン等に長けたプランナーのなかには、最初から自分が絵を描いてみんなに意見を求めるのではなく、最初は何も描かないで人の意見を聞き出しながら、それをフィジカルにもっていったというアプローチをとっている人もいます。最初にプランを提示するような従来のやり方とは変えて、地域の主体性を活かすような工夫しているようです。

渡会: ガバナンスのことは、今回の復興の過程で様々な場面で議論されてきました。今まで、ガバナンスの議論なしで地域運営が行われてきたところが多いので、今回の経験を経て新しい段階に入っていると思います。


■行政のガバナンスは変わるか?

高鍋: 地域のガバナンスって、それぞれの地域のいろんなタイプが出てきて進んでいく部分があると思います。一方で、行政はどうですかね?被災地の自治体には派遣職員がいっぱい来ていて、地元職員も刺激を受けたり、ワークショップのような新しい取り組みを経験したりして、住民と対話したり、変わっていく可能性もあるかもしれない。そこから、東北の光が見えるといいんですが。

渡会: もともと地方の人口数万人くらいのまちは、行政が支えられる部分は相当減っています。これから十年先はもっと減っていくでしょう。行政が地域の公的部分全体を担う時代は終わり、各々の地域で相当のことをやらざるを得ない時代に入っているので、そういう意味では東北の被災地は様々な経験をして、その経験のストックが生きると思います。何ができるかっていうことを模索しながら先行的に東北がやっていくことを、他の地方都市は学んでいくことになるのだろうなと思います。

江井: 大事なのは決める仕組みだけど、その決める仕組みが古い地域でも、やはり決めるってことができれば先に進んでいく。それぞれの集落、村で個性があるし、いろんな機会にさらされて少しずつ変化し進歩していくのが今見えてきているということだと思います。こうして地域が決めたものをまとめていくことがこれからの自治体のガバナンスなのでは。行政で決めるのではなくて地域が決めたものを、すり合わせするということだと思います。すり合わせ技術が必要になるので、プランナーがガバナンスサポートをするのと似たようなものですけど、自治体もそれぞれの地域の決める仕組みをサポートしていくことが重要です。それが自治体のガバナンスになっていきます。つまり、ボトムアップをどうまとめていくかということ。

渡会: これから10年くらいで相当変わるでしょう、今復興の最前線にいる30代、40代の人たちが行政のコアになっていくわけです。今は派遣幹部や派遣職員などと連担して本当に今までにない経験を毎日しているわけで、とにかく一生懸命やらなければならないという意識があるので、それが継続できれば、いずれこうした人達が管理職になり行政の体質が変わると思います。

内山: そこで少し心配な点があるのですが、多くの被災自治体で市街地整備等の事業で地域に入っているのですが、事業は時期が過ぎれば終わります。そこで、今大槌町でやっているようなコミュニティ形成の取り組みのような、次のステップをにらんで地域と行政の密な関係を造っていく取り組みが大事だと思います。

中川: 民生委員などの力も借りながら、行政単独型で取り組むのではなく、様々なプラットフォームで動かしていくような仕組みが必要です。いくつか地方都市でもうそういう仕組みで試行しているところがあります。お金がなくても、地域共助型の仕組みに変わっていくと思います。


■首長のリーダーシップはあったか?

高鍋: 変われる地域が、新しい仕組みを構築していくのかもしれませんね。ところで、今回は首長が「将来の我がまちはこうだ!」というような明快なビジョンを出して引っ張っていくといった動きがあまり見られなかった。時代がそうなのかもしれませんが、いわゆるリーダーシップ型のガバナンスは合わないんですかね。行政機能そのもの自体は少しずつスリム化していき、地域が主体的にガバナンスをして、行政はそれをサポート・すり合わせをし、かつ関係する様々な事業者団体と連携するようなやり方が、これからのスタイルでしょうか。

渡会: 全体的には首長の動きはあまり目立たなかったですね。リーダーシップの意味合いが少し違うのかもしれない。福島県新地町の町長は、まちの「将来像を掲げる」のではなく「復興の進め方」を被災直後に明快に発信し情報共有を徹底することで、職員や町民の厚い信頼を得ていたという点でリーダーシップを発揮していたと思います。また、良し悪しは別として、南三陸町の町長も、低地の浸水域の住宅地は全部高台移転するという、最初に掲げたまちづくりのコンセプトは変えていません。

内山: 首長主導のトップダウン型と、ボトムアップ型では、実際にはボトムアップ型の方が難しい。まちを総体的にコーディネートしていくというのは難しくて、そういうボトムアップ型というか点描型で出てくる地域の色をどうやってうまく活かすかというのは難しいので、それができるような自治体経営ができたらすごいなと思いますけどね。

江井: 難しいけど、そっちの方向に行くんじゃないかな。やっぱり自治の方向に。


■新しい主体、新しい仕組み、新しい未来の萌芽

江井: 今回の復興を情報の視点から言うと、阪神淡路や中越の時とは状況が質・量ともに大きくかわり、例えばマイクロファイナンスやNPOなど、様々な主体の人たちが支える仕組みがずいぶん機能しました。ネットワーク化の領域も多分野にわたり、クラウドファンディングのようなお金とまちづくりや、介護とまちづくりの連携など、新しいつながりがありました。「ローカルな点」を全国なり世界が支える動きが明確になってきていて、こうしたトレンドをうまくつかんで、規模は小さい集落でも、「いかに小さく輝くか」と未来像を描きつつ世界を使いまわす、そんな時代になっていると実感しました。

高鍋: 陸前高田市が良かったのは、最初から「世界」と言っていたところ。世界に冠たる防災、国際大学を作りたいとかね。こういう発想は良いよね。

渡会: 陸前高田市は、行政主導で計画を打ち出し事業を進めていますがなかなかうまく進んでいないと言われていますが、私は全然悲観していません。陸前高田市型の復興っていうのが、復興のひとつのモデルになるのではとすら思っています。陸前高田では各地で住民主導での復興プロジェクトが着々と進められています。こうした自発的動きを行政も無視できなくなり、いずれ近い時期にそのすり合わせが行われると期待しています。そうして、地域発意の復興を行政側がサポートし、総合的なコーディネートとオーソライズをする、それが早く進めるコツであることに早く気づいてもらいたい。そこは首長のリーダーシップが関わる問題だと思う。

高鍋: 単純に引っ張っていくよりも、やりたい人がたくさんいるのだから、それらの人たちに頑張ってもらって、行政は、それをちょっと押すほうが楽でしょう。したたかなガバナンスとか、手抜きのガバナンスみたいな発想が必要で、ごちゃごちゃ言っている地域は放っておけばいいんですよ。やりたい方向が決まった時点でサポートをすればよいと思います。

塩谷: 宮城県下の自治体で被災した農地をどう活用していくかという計画に関わりました。行政側は農家(所有者)の意向を聞いた上で決めようということだけど、使う人がいなければ意味がないので、利用者側のヒアリングを先行させました。その結果、土地を使いたい人も出てきて前進しました。やはりプレイヤーと空間をセットで検討するようなアプローチをしていかないといけないと思います。やれば道筋が見えることを、大変だといって省くとその後の道筋が変わってしまう、齟齬をきたすんですね。やっぱり合意形成には踏むべきステップ、ポイントがいくつかありますね。

江井: プレイヤーが自分たちでやりたい方向を決めることもよいと思います。また、地区の計画のすり合わせだけではなく、首長がリーダーシップをとるのも当然なことです。しかし、選挙を経て民意を反映している市長と役所とは違うので、役所の方で、使う人側、プレイヤー側の話をよく聞かない段階でプランを固めた例が多かったのは反省すべき点ではないでしょうか。

塩谷: 役所は機能的にセクションに分かれてしまっていて、横でつなぐ担い手がほとんどいない。役所の中で連携させようとする力が働かないから、ぶつ切りになってしまって、よりよいまちづくりや事業につながる良い素材がうまくマッチングしにくいというのは多々あります。それが見えている人が横のつなぎをしてあげるような仕組みが内部に備わっていないとなかなか難しいのかなと思います。

江井: 住民と行政をつなぐだけではなくて、役所の中でも横につなぐことは大事だね。

高鍋: そこの壁が一番高いかもしれない。被災地に限らない問題だけど被災地では特に顕著だよね。

渡会: 本当は、そこは政治家であるトップの首長が仕切るところでしょう。行政的には復興本部長が置かれているのだから、首長がその上に立って重要事項について調整と判断指示を出すということが、この非常事態を乗り越えていくためにも大事だと思う。

高鍋: ありがとうございました。我々は住民に対するアドバイスをすることが多いのですが、行政にも、もう少しアドバイスをすべきと思います。今回のような意見を示すべきという感想を持ちました。

2014.1NPO法人都市計画家協会にて

2014.2.26配信

企画・制作:公益財団法人ハイライフ研究所 / NPO法人日本都市計画家協会

第6回レポート全文は以下のPDFでもお読みいただけます。

第6回 「東北復興にみる次世代まちづくりの展望(座談会)」


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