1964年‐2020年東京オリンピックが挟んだ半世紀の東京イメージ画像

リンク 第11回(最終回) 大都市東京で地域格差と地域特性が顕在化|ポスト2020東京オリンピック「首都東京の行方」

終戦後の東京が日本経済の中心地であったことは言うまでもないが、その後70年を経た現在、その中心性はさらに高まっている。2016年の東京都の総生産額(名目)は、約94兆円と全国の19.4%を占め、一人当たりの県民所得は約442万円と全国平均の約1.5倍だ。その経済力を支えるのは、東京都区部の夜間人口(=居住人口)約875万人と1,200万人の昼間人口(活動人口)、加えて多くの事業所・企業だ。東京の事業所数(民営)は約63万所、就業者数は約817万人で、それぞれ全国の11.5%、13.7%を占める。

リンク 第10回 都市活性にはエリアの平均年齢と生産年齢人口が決め手に|ポスト2020東京オリンピック「首都東京の行方」

余すところ約2年の東京オリンピック・パラリンピック開催。世界の人々を迎える準備は間に合うのか、オリンピック・パラリンピックを無事に終えることが出来るのか、そしてポストオリンピックの東京はどうなるのか等々、考えさせられることは多い。そんな中あまり意識していなかったが、今年2018年は明治維新150年だそうだ。

リンク 第9回 生活革命・「憧れの住まい」都市生活の変遷を見る|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

1964年東京オリンピック以降の日本の家族は、多様化し家庭に対する認識や、住まいに関する意識が大きく変わった。マイホームを重視する標準家族が減少し続ける中、「自宅に庭があることや家族全員が一緒に住むことに魅力」を見出す都市住民は少なくなっている。都市の生活スタイルは、戦後直後の「職住一体」重視から高成長期には「職住分離」重視の生活へ、そして少子高齢化で単独世帯が6割を占める社会となった現在は「職住接近」重視の生活スタイルへと大きく変わってきた。またそれに並行するように都市生活の居住水準は、戦後復興から高度経済長期には「衣・食・住」のレベルアップが可能な住まい、成熟消費時代は「遊・休・知」の充実ができる住まい、そして、21世紀は世界生活水準ライフヴァリューである「職・住・遊・学・医」の五拍子が揃う住まいへと大きく変わってきている。

リンク 第8回 地域の地価と都市形成|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

最近、地価のバブル化が東京オリンピック・パラリンピックを前にして大きな話題となっている。公示地価(国土交通省/各年1月1日)をみると、不動産市場への資金流入が地価を押し上げ、商業地に続き住宅地も下落から脱し始めた。バブル経験後、暴落の打撃を受けた後の不動産価格・住宅価格は、需給バランスを持ち直し始めたようだが、一部の地域で上昇率が40%を超す地点もでるなど、この2、3年、不動産融資は過熱気味なだけに、バブルの芽はないのかという声も上がっている。しかし、バブル崩壊後10年を経た2000年頃から、住宅地の地価の上昇率は人口が増えている地域が高くなっており、反対に、下落率が大きいのは人口が伸び悩み、魅力が薄れる地域と言う傾向が明解になってきた。

リンク 第7回 地域の流入人口【通勤者・通学者】が都市活性を左右する|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

戦後の東京に人口が集中する中、特別区(23区、以下同)の人口は、経済の発展とは裏腹に、増減、上下変動を繰り返した。それは東京の都市圏の拡大にほかならないが、注目したいのは昼間人口の持続的な増加である。東京都区部の人口は、1969(昭和44)年に8,663,875人と戦後最大の数を記録したが、2014(平成26)年に8,685,756人へと回復するまで約半世紀を費やしている。一方、昼間人口は、1千4万人から1千170万人と約166万人増加している。オリンピック以降の都市の変遷を見ていく場合、人口の動向が基本的なデータとなるが、その中でも人の流れや活動を示す流入人口データは都市や地域の変化を忠実に表現している。中でも、「地域の昼・夜間人口」「地域の注夜間人口比率」「流入(通勤者や通学者がカウントされる)人口」データは、地域の形成プロセスを見る場合、最も利用されるデータである。

リンク 第6回 東京在住世帯(ファミリー)の変貌と都市生活|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

日本の戦後の社会状況で人口の東京集中が常に問題視されてきたが、東京への集中に関して言えば人口より世帯の方がはるかに集中度(全国対比を見ると)が高い。戦後の東京に人口が集中する中、特別区(23区、以下同)の世帯数は特別区の人口が増減、上下変動を繰り返すのに反し毎年増加を続けた。人口は、1969(昭和44)年に8,663,875人と戦後最大の数を記録したが、2014(平成26)年に8,685,756人に回復するまで約半世紀を費やしている。一方、世帯数はその半世紀に、1965年の約206万世帯から約2倍強となる483万世帯(2015年現在)となっている。

リンク 第5回 東京の「経済力」編|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

1964(昭和39)年開催の東京オリンピックによって戦後復興は終結し、東京は高度経済成長の中で新しい日本の政治・経済の中心として大発展を遂げる。1967(昭和42)年には東京都の人口は1千万人を突破、経済面においても烈しい東京一極集中が進み、現在もこの傾向は加速する一方である。

リンク 第4回 東京の都市開発・都心オフィス編|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

都市と国づくりという視点で東京を見ると、最初は「西欧化」をテーマとする明治維新、二度目は「モダニズムへの対応」をテーマに関東大震災からの復興計画、三度目は戦災復興と「高度経済成長」をテーマとする東京オリンピック開催。そして、四度目がオリンピック以降半世紀にも及ぶ東京の都心部の高層化・大型化の本格的な開発だ。東京は江戸から名を変えて以来、現在までに四度の大変貌を経験してきた。

リンク 第3回 東京の流通小売編|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

昭和39(1964)年に開催された東京オリンピック。この大会のために東京では首都高速道路の建設、オリンピック道路に指定された都内幹線道路や、東海道新幹線などが完成している。その東京オリンピックは、敗戦からの完全復興と経済大国へ向かう日本の姿を世界中に示す目的があったが、国際化を進める日本の社会で都市生活者が大きな影響を受けたのは「日本の流通小売業」ではなかっただろうか。流通の暗黒大陸と言われた日本に次々と外資流通が入ってきたが、外資に対抗し日本の流通業では流通革命が起こり、小売業では店舗の大型化や店舗のチェーン化が行われた。人口が増え、駅利用者が増えた東京の多くの駅前には小売業の大型化で商業ビルが立ち並び、街の駅前情景は大きく変わった。

リンク 第2回 東京の交通インフラ鉄道編|ポスト2020「東京の行方」-首都東京の変化を見る-

東京オリンピック以降、東京一極集中を前提とした経済活動は、人口動向や交通網に大きな影響を与えてきたが、逆もある。東京近郊の鉄道網は次々と東京に乗り入れするなど、東京の鉄道網の路線拡大と輸送の強化で郊外に人口が分散する中、鉄道路線で就業者と都心業務とを結び、その地位を強靭にした。人口の郊外居住化とする分散政策は事実上、東京都心業務機能の集中をもたらした。

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