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   <title>東京生活ジャーナル</title>
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   <title>まちづくりフィールドレポート　おわりに</title>
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   <summary>東京生活ジャーナルでは、2009年度、2010年度の２年間に、１３のまちづくり事...</summary>
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      東京生活ジャーナルでは、2009年度、2010年度の２年間に、１３のまちづくり事例を取り上げ、それぞれの取り組みの意義や成果について発信してきました。今回はその総括として、編集局員の３名がそれぞれの視点（街の維持管理、都市の景観づくり、建築家の職能）から、それら事例の整理を試みます。

2年間の取材を通して我々が実感した、今後のまちづくりへの提言として捉えていただければ幸いです。
      
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   <title>街の良好なハードを住民がどのように維持していくのか？</title>
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   <published>2011-08-23T02:48:13Z</published>
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   <summary>編集局　添田昌志 ■維持管理の主体 良好な住環境を形成するためには、最初によいハ...</summary>
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      <![CDATA[編集局　添田昌志

<strong>■維持管理の主体</strong>
良好な住環境を形成するためには、最初によいハード（住宅、街路、公園、公共施設など）を作ることはもちろんだが、それを良い状態のまま、もしくはさらに良くするために、維持管理していくことがなにより重要である。このことは2年間の東京生活ジャーナルの取材を通して、私自身が一番強く感じたことである。

完成当初は時代の先端を行く雑誌に取り上げられるような素晴らしい街であっても、20年、30年の時が経過するうちに、朽ち果て荒廃してしまっては、持続性という観点から大いに問題である。逆に当初は何の特徴もない街だったところが、良好な維持管理の結果、今では一目おかれる街になることもある。

良好な維持管理を行うためのポイントは、それを行う主体を作り出せるかどうかである。主体が育たない限り、ハードは当初の理念を失ってただ朽ち、荒廃していくのみである。そして住宅地においてこの主体となりえるものは、その地の住民をおいて他にない。
]]>
      <![CDATA[<strong>■街の価値への気づき</strong>
東京生活ジャーナルでは、住民が主体となり街の活性化に成功した事例として『佐原』を取り上げた。この街は、運河沿いの木造建造物という恵まれた歴史的資産を持つ特殊な事例として捉えられるかもしれない。しかし、本編中でも紹介したように、昭和末期には建物は朽ち果て、「こんな古くて暗い町は嫌だ」と街の皆が思うような場所だったのである。それを近年「小江戸」と呼ばれるまでに再生させたものは、住民の自分たちの街の価値への「気づき」と、その後の真摯な取り組みである。

『佐原』の場合、住民に気づきを与えたものは、飛騨高山から視察にやってきた人々の「なぜこのすごい川をまちづくりに活かさないんですか」との声だったという。それまで住民は、「ただのどぶ川」だと思っていたものが、実はそうではないんだと、他者に指摘されることで初めて気づいたのである。この事例から、自分たちの街の価値に一番鈍感なのは、実は自分たち（住民）であるということを、学ぶことができる。人は往々にして、日頃から慣れ親しんでいるものに対しては、つまらないありきたりの存在であると考えがちである。故に、そのありきたりのものが実は貴重なものであると気づくこと、つまり自分たちの街の価値に気づくことこそが、良好な街の維持管理に向けた、大きな第一歩なのである。

<img alt="final-s-1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/final-s-1.jpg" width="400" height="150" />
佐原：小野川沿いのまち並み

この気づきから具体的な行動へと、どれだけ早いタイミングで進めるかということが、街の価値の維持にとっては、大変重要である。『黄金町』は自分たちの街の環境が完全に壊れてしまったことによって、初めて住民たちの意識に火がついた例と言える。今やアートによるまちづくりとして、広く知られるようになったこの街だがしかし、いまだに警察が24時間巡回を行っているということを聞くと、一度相当程度に壊れてしまったものを修復していくには、多大な労力と時間が掛かるということを教えてくれる。

<strong>■新興住宅地の価値の維持</strong>
東京生活ジャーナルで取り上げた中では『たまプラーザ』が街の価値が壊れつつある瀬戸際にあるように感じた。本編でも取り上げたように『たまプラーザ』は、一時代を築いた高級住宅街であるが、近年、街と住民の高齢化が進んできている。そこで、街の価値を維持するためにいくつかの策、地区内の敷地を50坪以下に分割できないとする地区協定や、当初一帯を開発した東急電鉄による住み替え支援など、が打たれているところではある。にもかかわらず、価値の崩壊はそれを超える速度で進んでいるようにも見受けられた。素早く開発された街は壊れるのも素早いのだろうか。
新興住宅街で一世代のみが暮らした街であり、不便になれば家を売却して便利な場所に移り住めばよい、という現代的経済的消費感覚は、この街の特徴として見ることができる。しかし、売られてしまった後に「街のお守り」を誰がするのかということは街にとって非常に重い問題である。『佐原』では、土地は代々引き継がれるとともに、祭りに象徴される住民同士が意識共有可能な地域コミュニティが脈々とあり、「街のお守り」を担ってきた。それと同じ仕組みを『たまプラーザ』に期待することは不可能な状況のなか、東急電鉄の取り組みは一定の評価はできるものの、逆に、住民ではない営利企業ができることの限界を如実に示していると個人的には感じられた。

新しく開発された街としては、『幕張』も将来の良好な維持管理に不安が残った。「景観デザインガイドライン」により、先進的な街並みを形成した幕張ベイタウンではあるが、そのガイドラインをこの先どのように維持していけばいいのかについては、開発から２０年近くたった今、ようやく住民主体の検討が始まろうとしているところである。自分たちの街の価値（＝景観）に対しての認識すら、実はまだ十分に共有されていない、という印象を持った。つまり上で述べた「第一歩」が未だ踏み出されていない状況のようである。
このような事態となってしまっている原因のひとつには、計画者・設計者と維持管理者（住民）との乖離がある。計画者・設計者はモノを作るまでが仕事であり、作った後のことは知らない、という態度を取りがちである。移り住んできた住民に対して、設計者が直接コンセプトなどについて丁寧に語りかけ共有を試みる、という場面を私はほとんど見たことがない。住民側からすれば、建設中に設計者や計画者が何を議論していたのかなど知るよしもないのだが、設計者たちはそんなことは自分達の仕事ではないと思っている。（もっとも、開発者とそういう業務契約は結んでいないのだから、義務はないのだが。）
しかし、先進的なハードであればあるほど、そのコンセプトをしっかりと住民に説明し、さらには、それを後々、住民たちが自分たちで維持しうるのか、また、維持するためにどのような枠組みが必要なのかを考え、その受け皿をあらかじめ仕込んでしておくことが、本来不可欠なのではないだろうか。

<strong>■意識があってハードがある</strong>
そういう意味で、印象的だったのは、『八潮』や『北本』の取り組みである。『八潮』は「家づくりからはじめる街並みづくり」と題して、地域住民を巻き込みながら、５つの大学の研究室と連携して、街の特徴を発見するフィールドサーベイを行い、その特徴を活かした住宅モデルの提案を行っている。『北本』では、駅前広場の改修計画を、住民とのワークショップにおいて竣工後の使い方までも議論しながら検討を進めている。

<img alt="kitamoto21.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kitamoto21.jpg" width="400" height="134" />
北本：ワークショップの様子

これらの取り組みの根本で意図されているのは、外部の専門家が地域住民と議論することによって、「この街をどんなふうにしたいかという意識」を共有するということである。つまり、求める結果はハードではなく、住民の意識向上ということに最大の特徴がある。『八潮』と『北本』はともに、高度成長期以降に日本の郊外に数多く出現した、いわば「パッとしない街」である。しかし、よくあるつまらない街だと思考停止していては、この先朽ち果てていくのみである。一見何の特徴もない街にこそ、住民の「気づき」という第一歩が最も重要であり、実は探せばそれぞれに個性や価値が見出されているところに好感を覚えた。

よいハードが与えられながら、その価値が住民に理解されず、朽ち果てていく例は多分に漏れない。ならば、住民の意識を高めたうえで、ハードを供給した方が、よりよい状態を長く維持できるはずである。大切なのは、住民の気づき（意識）であり、ハードはそのきっかけとして機能するものである。このような仕組みづくりこそ、これからのまちづくりの主流となるべきである、とこの2年間の取材を通して強く提言したい。

<img alt="soedafig1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/soedafig1.jpg" width="399" height="322" />
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   <title>まちづくりと建築デザイン</title>
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   <published>2011-08-23T02:41:41Z</published>
   <updated>2011-08-23T18:59:29Z</updated>
   
   <summary>編集局　川上正倫 　東京生活ジャーナルでは、まちづくりフィールドレポートとして、...</summary>
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      編集局　川上正倫

　東京生活ジャーナルでは、まちづくりフィールドレポートとして、２年間にわたり様々な観点で特徴的な事例を取材してきた。まちづくりの目的や手段はそれぞれ異なるが、将来へ向けた取り組みは、実に示唆に富んでいる。その中で、建築家がこの状況に何ができるのだろうかと、私は常に考えてきた。本稿はその総括という位置づけであるが、決して体系立った調査を行った訳ではないので、事例間の比較はいささか無理がある。そこで、ここでは、建築家とまちづくりの距離感を探ることで建築家の職能を再考し、まとめに代えたいと考える。

      <![CDATA[<strong>■まちづくりの変遷</strong>
　社会の要請の移り変わりとともに、まちづくりに求められることも変わっていく。現在は、「環境」「福祉」といったところが共通課題であろうか。このような状況下においては、ソフトな取り組みに重きが置かれるまちづくりと、ハードなモノの構築を生業とする建築家の行為は対立関係に近いといえる。

　多くの建築家が今まで「都市」への考え方を語ってきた。現在の都市像を決定づけた世界的に大きな影響を与える提案も多くなされている。例えば、ハワードによる「田園都市」、ル・コルビュジェによる「輝く都市」、アレグザンダーによる「パタン・ランゲージ」など、日本のまちづくりに大きな影響を与え、未だに重要なキーワードとして用いられている。いずれも発展優先で進行していく社会や都市と人間のライフスタイルのずれを是正することが目的での提案といえる。

　日本において建築家が「都市」においてもっとも華々しく活躍したのは、60年代後半から70年代にかけてということになるだろうか。丹下健三、菊竹清訓、黒川紀章などを中心として前述のモダニズム都市論に対して「メタボリズム」思想が独自提案を行っていく。それらを追うように横浜市の田村明氏を中心として、「アーバンデザイン」が関心を集めた。フィールドレポート事例においては、金沢シーサイドタウンがちょうどその時代に計画されたものであり、その影響下にあるといえる。しかしながら、その後、建築家の「都市」への発言は急速に少なくなる。建築家のまちへの関心が薄れたと捉えることもできるだろう。また、よりよい都市を「つくる」ところから、都市をよりよく「享受する」ことに社会の関心が移り行く中で、建築家が「つくる」思考に囚われて、社会の変化に応じて自らの職能を発展していく機会を見失ってしまったことの表れのようにも思われる。結果的に、経済的な要素が強く意識されるようになり、複雑化した「都市」は都市計画分野として専門化が進んだ。こうして、建築家は「都市」から袂を分かってしまったといったところであろうか。


<strong>■「まちづくり」とは</strong>
　そもそも「まちづくり」という用語はいつから定着したのだろう。前述した建築家の言説には、ほとんどまちづくりというような概念は登場しない。Wikipediaによれば、「まちづくりとは、文字通り「まちをつくる」ことであるが、一般的にこの言葉が使われる場合、「まち」は既存のもので、新たに「つくる」ことを指し示す例は少ない。（中略）一般的には「ある地域（まち）が抱えている課題に対して、ハード・ソフト両面から課題の解決を図ろうとするプロセス」と捉えられていることが多い。また、多くの場合、まちづくりは住民が主体となって、あるいは行政と住民とによる協働によるもの、といわれる。ただし、民間事業者が行う宅地開発なども「まちづくり」と称している場合がある。」とある。如何なる「まち」であったとしても、実際の組成は建築群ということになるわけで（この前提が既に建築家の身勝手な論理のように聞こえるかもしれないが）、建築家によって「まち」がつくられていると考えてもよいだろう。しかし、上述の解説をみると、主体は住民や行政であり、建築家抜きの「まちづくり」を行おうという感じが否めない。建築家は本来第三者としての良心的にまちづくりに関われる存在であると考えるが、まちの当事者でない故に何か害を与えるような存在として誤解されることも多い。いかに建築家が「まちづくり」の良き理解者であると仮定しても、現在の社会文脈では、新しく何かをつくること自体への拒否反応が根強いように感じる。建築家としてはそういう時こそ腕の見せ所なのだが、得てして議論の場も時間もないことも与えられないことも多い。


<strong>■まちとの建築家の関係</strong>
　まちづくりのルールやガイドラインは、行政主導により建築家抜きで都市計画の専門家によって決められていることが多い。ルールの合意形成について、再度wikipediaを引用すると、「一般にまちづくりにおいては、地域の合意形成が重視される。上記のような課題を共通で認識するために、ワークショップなどの手法が用いられることも多い。ワークショップは住民の合意形成を図るため有効な一つの手段であるが、全ての住民が参加することは（ほとんどの場合）不可能であり、参加しなかった住民が後から異議を唱える事例も見られる」ことで、合意が保証されることが難しいことも多い。結果、建築家もまた、そこで定められたルールのなかで最大限のパフォーマンスを発揮しようと、建築の規制と自由の論理の中で、不良と学生服の関係のようなずれた個性主張をなす場合が多く、より溝が深まる。

　建築家が積極的にルールづくりに関わった事例として、幕張市のデザインガイドラインはアーバンデザインの可能性を世間に示す重要なプロジェクトである。しかしながら建築家の期待の大きさに応えるほど手法としては一般化していない。また、ルールづくりという重要なプロセスは量産化されるようなものではなく、当たり前だが成果がわかりにくい。
幕張の場合は、合意を受け入れたものが住むという点で市民の意識がそもそも違う。しかし、内部を伺うと「普通に」よい街をつくり維持する苦労は、当事者以外にはなかなか理解されていないというのが実情である。建築家の思いと社会の要求がすれ違いというよりも確執に近い状況となっている一因であろう。


<strong>■まちづくりとの確執改善</strong>
　そもそもルールづくりの合意形成が抱える問題は、市民のまちへの共通の関心をどう作るかである。わかりやすい景観や歴史があればその保存ということで議論対象になりうるが、それほど都合よくそのような対象があるわけではない。

　角館氏による「光のまちづくり」や韓氏による「工事現場の仮囲いデザイン」は、一時的なものの、ひとつのインパクトとしてまちへの関心を高めていくことに有効ではないかと考える。このようなイベントを通した積み立てで、まちがブランド化され、合意の前提を構築できる可能性があるように感じる。

 <img alt="li-2-1.gif" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-2-1.gif" width="400" height="137" />
岩手県大野村：角館氏による光の実大実験の様子


　共通意識さえ芽生えればまちづくりへの建築家の参入はスムーズである。横浜の野毛商店街や黄金町における手法は建築家が市民視線で取り組んでいる事例である。市民の問題意識や危機感も高く、建築家側も市民と一緒に共通意識を作る事に根気よくつきあうことで良好な関係を築けたといえよう。不毛な対立を避けるためにも、このような地道な取り組みが効果的なのではないだろうか。

　それとは異なる方向で共通意識をつくろうとしているのが、八潮市の取り組みである。公共建築に対する議論ではなく、実際に市民自身が建築主となり、自宅の設計を通して、まちの将来を考える。デザインガイドライン先にありきではなく、シミュレーションによって納得できるデザインガイドラインをつくる。北本市駅前計画も同様につくる前につかうことを視野に入れた検討がなされることで、市民の意見が取り上げられる仕組みとなっている。

<img alt="kitamoto-project.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kitamoto-project.jpg" width="300" height="212" />
北本：「北本らしい“顔”の駅前つくりプロジェクト」組織図

このような具体的な提案をもってまちの将来像を検討することこそ、建築家が第三者としての良心的にまちづくりに関われる存在であることを示す大事な職能なのではないだろうか。社会の要請として「つくる」ことが至上命題でなくなった以上、建築家も、「つくる」ことで評価を得てきたこれまでの意識から、発想の転換が必要となる。建築家の仕事としてはヴァーチャルと揶揄される部分もあるだろうし、非常に地味な成果と考えられるかもしれない。しかしながら、住民の共通認識をつくる上での大切なプロセスであり、建築家の果たす役割は大きいはずである。

　これからのまちづくりにおいて、建築家を交え具体的にまちの将来像を検討する手法が一般化され、議論の場がより活性化されていくことを望む。これこそ、これからの建築家の職能を生かす方法であろう。]]>
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   <title>都心景観の再構築に向けたルールづくりとその運用　～大丸有・銀座・御堂筋を例に～　その1</title>
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   <published>2011-08-23T02:39:16Z</published>
   <updated>2011-08-26T00:39:19Z</updated>
   
   <summary>編集局　大澤昭彦 １．はじめに 私は東京生活ジャーナルで主に、街の景観をどのよう...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      <![CDATA[編集局　大澤昭彦

<strong>１．はじめに</strong>

私は東京生活ジャーナルで主に、街の景観をどのように形成していくか、という視点で考察を行ってきた。本稿では、特に、都心の景観づくりという視点に絞り、東京生活ジャーナルで取り上げた大手町・丸の内・有楽町(以下、大丸有)地区、銀座地区の２地区に加え、大阪の御堂筋地区を取り上げ、それぞれのルールづくりや運営手法の特徴を比較・整理することで、都心景観の再構築に向けたルールのあり方を提示し、まとめとしたい。

・<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/08/13/">東京生活ジャーナル　丸の内地区</a>
・<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/04/10/">東京生活ジャーナル　銀座ルール</a>

1990年前後、東西の都心、大丸有地区、銀座地区、御堂筋地区においては、景観の再構築が共通の課題となっていた。それぞれの地区では、かつての絶対高さ31ｍ制限下で建てられた建物の更新時期を迎えるとともに、都心部における他地区との「地区間競争」の激化といった要因が重なったこともあり、抜本的な市街地の更新が図られていくことになる。

市街地の更新にあたっては、いずれの地区でも容積率の緩和が推進力として活用されている。容積率の緩和による街並みの変化は避けられない。しかし、野放図に変化を認めるのではなく、それまでに形作られてきた地区の歴史的な背景を踏まえつつ、都市の価値を高めるための街並みのあり方を地元と行政が模索しながらルールとして規定、運用している点が特徴と言える。

そういった意味で、街並みの現状凍結ではなく、都心景観の再構築を選択した大丸有、銀座、御堂筋の各地区のルールづくりや運用手法は大いに参考になる点がある。
]]>
      <![CDATA[<strong>２．３地区の類型化（地域主導型＝銀座、地域・行政連携型＝大丸有、行政主導型＝御堂筋）</strong>

３地区を、「ルールの策定主体」と「ルールの運用主体」の観点から分析をすると、銀座地区＝地域主導型、大丸有地区＝地域・行政連携型、御堂筋地区＝行政主導型に分類できる。（表１、図１）

銀座地区は、都市計画をベースとする「銀座ルール」の他、地元組織である銀座街づくり会議が策定したルール（銀座デザインルール）が存在し、協議も地元組織である銀座デザイン協議会が担うことから「地域主導型」のまちづくりと言える。都市計画（地区計画・高度利用地区等）の策定主体は中央区であるが、内容の検討には地元が積極的に関与し、56ｍの高さ制限等をはじめとするルールの内容は地元の意向が強く反映されている。
行政の役割は、地元の意向を法的なルールとして担保することに加えて、地元組織を区の正式な協議主体として指定するといったように、地元の取り組みの下支えに徹しているとも言える。

<img alt="ginzanight.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/ginzanight.jpg" width="400" height="149" />
夜も賑やかな銀座4丁目交差点

<strong>銀座における都心景観の再構築</strong>
（詳細はこちら→　<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E9%8A%80%E5%BA%A7%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%83%BD%E5%BF%83%E6%99%AF%E8%A6%B3%E3%81%AE%E5%86%8D%E6%A7%8B%E7%AF%89.pdf">ファイルをダウンロード</a>）

大丸有地区は、地域主導で作成されたビジョン・ルール（まちづくりガイドライン・デザインマニュアル）をベースに、行政（都市計画や景観条例）と連携を図りながら、地域ルールの実現を「地域・行政連携型」である。
つまり、ルールは地元と行政が連携・役割分担しながら策定し、その運用は行政の手続き（千代田区・東京都の景観条例に基づく事前協議）で担保するという形が採られている。

<img alt="final-o-2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/final-o-2.jpg" width="300" height="199" />
皇居より丸の内方面を臨む

<strong>大丸有地区における都心景観の再構築</strong>
（詳細はこちら→　<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E5%A4%A7%E4%B8%B8%E6%9C%89%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%83%BD%E5%BF%83%E6%99%AF%E8%A6%B3%E3%81%AE%E5%86%8D%E6%A7%8B%E7%AF%89.pdf">ファイルをダウンロード</a>）

そして、御堂筋地区は、ルールも協議主体も行政が担う「行政主導型」である。御堂筋の景観形成の基本ルールである「御堂筋沿道建築物のまちなみ誘導に関する指導要綱」の策定にあたっては、地元地権者を含む検討組織（御堂筋まちなみ整備検討委員会）で検討されているものの、基本的に行政主導でルールが策定・運用されている。

<img alt="final-o-5.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/final-o-5.jpg" width="300" height="225" />
御堂筋のまち並み

<strong>御堂筋における都心景観の再構築</strong>
（詳細はこちら→　<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E5%BE%A1%E5%A0%82%E7%AD%8B%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%83%BD%E5%BF%83%E6%99%AF%E8%A6%B3%E3%81%AE%E5%86%8D%E6%A7%8B%E7%AF%891.pdf">ファイルをダウンロード</a>）

<img alt="osawafig1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/osawafig1.jpg" width="398" height="268" />

表１ 3地区の特徴→　<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E8%A1%A8%EF%BC%91%E3%80%803%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E3%81%AE%E7%89%B9%E5%BE%B4.pdf">ファイルをダウンロード</a>

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2011/08/2_5.html">都心景観の再構築に向けたルールづくりとその運用　～大丸有・銀座・御堂筋を例に～その2を読む。</a>]]>
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   <title>都心景観の再構築に向けたルールづくりとその運用　～大丸有・銀座・御堂筋を例に～　その2</title>
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   <published>2011-08-23T02:38:00Z</published>
   <updated>2011-08-23T20:55:00Z</updated>
   
   <summary>３．「硬いルール」と「柔らかいルール」の併用 それぞれの地区は３つのタイプに分類...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[<strong>３．「硬いルール」と「柔らかいルール」の併用</strong>

それぞれの地区は３つのタイプに分類できるが、共通点も見られる。それは、地区計画等の都市計画による「硬いルール」と、ガイドライン・要綱等の法的拘束力のない（もしくは弱い）「柔らかいルール」を併用していることである。
前者はルールの実効性を担保できるというメリットがあり、後者は明示的なルール化が難しいデザインの質的な側面を扱うことができる。それぞれの利点を活かし、補完し合いながら、ルールを策定・運用している点が特徴と言えるだろう。

とはいえ、それぞれのルールの関係・役割分担の方法はそれぞれ少しずつ異なる。
例えば、地区計画（硬いルール）と地域ルール・要綱（柔らかいルール）との関係について見てみると、大丸有地区は、地区のマスタープラン及び地域ルールである「まちづくりガイドライン」や「デザインマニュアル」をベースに、その内容の一部を地区計画に移行している。

一方、銀座地区では、まず地区計画等の都市計画に基づく「銀座ルール」を地元と中央区が協働で策定し、数値基準のみでは誘導できない質の部分を補完するために「銀座デザインルール」を地元が策定している。
そして、御堂筋地区では、指導要綱に基づくルールが基本であるが、地区計画では指導要綱では規定されていない用途の制限を行っている（御堂筋にふさわしくない用途のネガティブチェック）。

つまり、大丸有地区では、地域ルールの一部を地区計画で担保するという流れであるのに対し、銀座地区では、地区計画でカバーできない部分を地域ルールで補っており、逆に、御堂筋地区は、指導要綱で規定していないが、街並み形成上必要な事項を地区計画で補完するという形を採っているのである。
]]>
      <![CDATA[<strong>４．ルールの特徴（高さや空地の考え方）</strong>

冒頭で述べたように、いずれの地区も市街地の更新が課題であったために、容積率の緩和を前提としているため、それまで形成されてきた「31ｍ」から、新たな高さに基づくスカイラインへと変化しているが、高さの考え方は三者三様である。

大丸有地区では、まちづくりガイドラインにおいて、主に丸の内・有楽町西側エリアを街並み形成型と位置付け、31ｍの軒高ラインを表情線として残しながら、高層部の最高高さを100～200ｍとする低層部＋高層部で構成されるビルディングタイプを選択した。高層部の高さも、皇居から外側にかけて徐々に高くなるすり鉢状のスカイラインとすることで、皇居周辺の景観にも配慮している。

<img alt="final-o-1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/final-o-1.jpg" width="300" height="199" />
大丸有地区：31mの軒高ライン

銀座地区は、銀座ルール（地区計画）で、前面道路幅員に応じて高さ制限値を設定し、最大高さを56ｍ（＋屋上工作物の高さ10ｍ）としている。つまり、銀座地区では31ｍラインにはこだわらず、新たなスカイラインの創出を選択したわけである。しかし、総合設計制度等の開発諸制度による高さ制限の緩和を認めていないため、大丸有地区と異なり超高層建築物を拒否している昭和通り以東では緩和は認められる）。

御堂筋地区では、1969年の容積地区導入に伴う絶対高さ制限撤廃後も、高さ31ｍによる軒線の保全を行っていたが、1994年の御堂筋沿道建築物のまちなみ誘導に関する指導要綱で、軒高50ｍ（最高高さ60ｍ）に緩和した。銀座と同様に新たなスカイラインの形成を図ることになったわけであるが、淀屋橋・本町周辺では最高高さ60ｍの制限を緩和し、都市再生特別地区を活用した超高層建築物の建設を容認している。ただし、超高層化にあたっても、軒線50ｍは遵守する必要がある。

<img alt="final-o-3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/final-o-3.jpg" width="400" height="150" />
御堂筋地区：　左：31mライン、右：50mライン

<img alt="final-o-4.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/final-o-4.jpg" width="400" height="150" />
御堂筋地区：31mラインと50mラインが混在

一方、空地の考え方には共通する部分がある。
通常、容積率の緩和にあたっては、公開空地の確保が要件となることが少なくない（総合設計制度等）。しかし、この３地区では、いわゆる公開空地の確保ではなく、アトリウム等の屋内空地や歴史的建造物の保存を公開空地と見做して、容積率の緩和を行っているのである。
その理由としては、それぞれの地区では、もともと空地の少ない街区型の街並みが作られてきたことが挙げられる。また、オープンスペース敷地の真ん中に高層タワーを建設し、足元周りにオープンスペースを確保する「タワー・イン・ザ・パーク」型の建物が街並み形成に寄与してこなかったことへの反省も考えられる。
つまり、アトリウム等の屋内オープンスペースを確保する代わりに、一定程度のセットバックで歩行者空間を確保しつつ、軒線の揃った街区型建物を整備することで、連続した街並みをつくることが可能になるわけである。

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2011/08/3_2.html">都心景観の再構築に向けたルールづくりとその運用　～大丸有・銀座・御堂筋を例に～その3を読む。</a>]]>
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   <title>都心景観の再構築に向けたルールづくりとその運用　～大丸有・銀座・御堂筋を例に～　その3</title>
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   <published>2011-08-23T02:37:35Z</published>
   <updated>2011-08-23T20:39:15Z</updated>
   
   <summary>５．景観の再構築に向けて 大丸有地区と銀座地区では、地元組織が主体となって作成し...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[<strong>５．景観の再構築に向けて</strong>

大丸有地区と銀座地区では、地元組織が主体となって作成した地域ルールが存在する（大丸有地区：まちづくりガイドライン・デザインマニュアル、銀座地区：銀座デザインルール）。
両者の共通点は、１）高さ等の数値化できるものは明示していること、一方、２）デザインの質に関わるルールは必ずしも固定的なものではなく、むしろ運用を積み重ねながらブラッシュアップさせることを前提としていること、それゆえ、３）必ずしも質に関わる部分を客観的な数値基準として明示せず、方針的・定性的な基準（緩やかな指針）をベースに、事業者との協議を経ながら即地的な解を導き出そうと試みていること、の３点に集約できると思われる。]]>
      <![CDATA[デザインの質に関わるルールを固定化しない理由は、どのような景観がよいのかは時代と共に変化するだけでなく、同時代であっても価値が一つに収斂することは稀であるためである。
したがって、大丸有地区は「まちづくりガイドライン」を時代に応じて柔軟に対応する「進化するガイドライン」と呼び、銀座地区は「銀座デザインルール」を完成形ではなく、個別協議の経験の積み重ねで成熟させていくものと位置付けているのである。

<img alt="ginza-kyogi.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/ginza-kyogi.jpg" width="299" height="218" />
銀座：デザイン協議によって計画が変更された事例：マツモトキヨシ、ユニクロ


景観の価値は、一義的に決まるものではない。人々の営為の結果として形作られた街並みに対して、人々が一定の価値を見出し、いわば集合的無意識として共有するイメージであるとも言えるだろう（「～らしさ」というイメージ）。
それゆえ、そのイメージを明示的なルールや言葉に置き換えることはそもそも難しい。景観の価値とは、個別の開発の積み重ねの結果として立ち現われてくる街の姿から、事後的に確認されるものであるのではないだろうか。

したがって、高さやボリュームのように量的な要素は基準として明確に示す一方、デザインの質についてはルールの客観性を重要視するのではなく、むしろ時代や場所の文脈に応じたデザインや提案を受け入られる弾力的な仕組みを用意しておくことが求められる。
このことは、デザインの質に関するルールが不要であることを意味しない。街の価値を共有し、その価値を保全・創造するためには、一定のルールが必要である。ただ、ここで言うルールが、いわゆる規制的なものではなく、建物をつくる際の作法や留意点といった大まかな方向性を示すものになるということである。つまり、解答を用意するのではなく、考える拠り所を提示するわけである。

ルールを固定化したものとして捉えないこととは、取りも直さず継続的な街づくりの必要性を意味する。ルールを運用、評価、改善するいわば持続的な街づくりの仕組みの構築に主眼を置くことの重要性をこれらの事例は示唆しているのである。

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   <title>まちの価値を維持していくこと　全編</title>
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   <published>2011-03-09T08:12:05Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>まちの価値を維持していくこと　全編をPDFで読む　ファイルをダウンロード （資料...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[まちの価値を維持していくこと　全編をPDFで読む　<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%AE%E4%BE%A1%E5%80%A4%E3%82%92%E7%B6%AD%E6%8C%81%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%8F%E3%81%93%E3%81%A8.pdf">ファイルをダウンロード</a>


（資料）
幕張ベイタウンの年表　PDFで読む　<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E5%B9%95%E5%BC%B5%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E5%B9%B4%E8%A1%A8.pdf">ファイルをダウンロード</a>
日本の集合住宅年表　PDFで読む　<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85%E5%B9%B4%E8%A1%A8.pdf">ファイルをダウンロード</a>
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   <title>まちの価値を維持していくこと　イントロダクション</title>
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   <published>2011-03-09T07:37:03Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>編集局　添田昌志 　２月、３月の東京生活ジャーナルは、1980～90年代に計画さ...</summary>
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      編集局　添田昌志

　２月、３月の東京生活ジャーナルは、1980～90年代に計画された東京近郊の住宅街を取り上げます。
　1960～70年代には、住宅不足への対応として、いわゆる「団地」型の開発が大量に行われました。しかし現在、その年代の開発については、住民の高齢化や建物の老朽化ともあいまって、様々な問題が噴出しています。例えば、効率的な供給を実現するため規格化された建物は、白い箱が並んでいるだけで単調と批判され、「近隣住区論」に基づき整備された団地内の近隣商業施設は衰退の一途をたどっています。
　一方で、80～90年代の開発では、上記の年代へのアンチテーゼとして「量より質」を謳い、建物やその周辺環境に様々な工夫が施されていることが特徴となっています。例えば、建物のデザインや住戸プランに特徴を持たせたり、住戸間のスペースにビオトープや共用庭を設けたりといったことが挙げられます。しかし今やそのような住宅街も開発から20～30年が経過しました。計画段階で特徴として取り上げられた様々な工夫は、現在、どのように維持管理されているのでしょうか。
　建物や街も老いていくのが必然です。歴史的に木造住宅に暮らしてきた日本人は、都市型の集合住宅を世代を超えて継承し、維持していくという経験を実はこれまでしたことがありません。つまり、大規模に開発された鉄筋コンクリート造の集合住宅群を良好な環境のまま維持するノウハウはほとんど蓄積されていないのです。開発型社会からストック型社会への転換が唱えられて久しいですが、そこで重要なのは200年持つハードとしての建物ではなく、住民を含めそれを維持管理していくソフトの取り組みにあると考えます。
　良好な住環境の維持のためには、何を考え、何を用意し、何を継続していかなければならないのか、まず今月は景観に配慮した住宅街として有名な、千葉県の「幕張ベイタウン」を通して考えてみたいと思います。

      
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   <title>まちの価値を維持していくこと　幕張ベイタウンの概要</title>
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   <published>2011-03-09T06:20:38Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>　幕張メッセや千葉マリンスタジアムなどで広く知られる幕張新都心は、千葉県企業庁に...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[　幕張メッセや千葉マリンスタジアムなどで広く知られる幕張新都心は、千葉県企業庁によって千葉市西部の臨海埋立地に開発された都市です。東京都心と成田空港のほぼ中間に位置し、各々へ30分という優れた立地条件を有しています。

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/makuhari-map-popup.html" onclick="window.open('http://www.hilife.or.jp/journal2/makuhari-map-popup.html','popup','width=695,height=556,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img alt="makuhari-map.gif" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/makuhari-map.gif" width="300" height="240" /></a>
幕張ベイタウンの位置（編集局作成）

<img alt="kaihinmakuharistation.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kaihinmakuharistation.jpg" width="300" height="181" />
幕張ベイタウン最寄駅のJR海浜幕張駅前]]>
      <![CDATA[　幕張ベイタウンは、面積84ha、計画人口26,000人、計画戸数9,400の幕張新都心の一角を占める住宅地です。欧風のまち並みや電柱のない街路など景観を意識して開発され、洗練されたデザインで人気を集めている集合住宅群です。平成7年に入居が開始されてから、住宅供給に合わせて3小学校、1中学校、公園等が整備されているほか、商店、診療所、銀行、ガソリンスタンドなど約100店舗が開業しています。30～40代の住民が多く、子育て世代が多く住むまちとなっています。

<img alt="baytown1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/baytown1.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="baytown2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/baytown2.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="baytown3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/baytown3.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="baytown4.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/baytown4.jpg" width="400" height="150" />
幕張ベイタウン内の様子

幕張ベイタウンの住宅地開発には、次のような特徴があげられます。

<strong>◇沿道中庭型住宅</strong>　
　幕張新都心は、「職・住・学・遊」の複合機能を備えた国際業務都市として整備を進めており、幕張ベイタウンも、国際的な水準の住宅地をつくることを目標としていました。従来の郊外開発の住宅団地では、住宅をなるべく道から遠ざけているのが大きな特徴でした。これは、広大な敷地の内側に閑静な住宅地をつくる田園都市型のニュータウン思想に基づいて計画されていたためです。しかし、幕張ベイタウンの構想にあたり、新しい都市型居住として、街路が、生活やコミュニティを形成していくうえで、非常に大事なスペースではないかという議論が出てきました。その結果、街の中を縦横に道路が走り、連続する街区型住棟によるまち並みが形成されました。こうして、各住棟には中庭があり、外側は道路に面するという「沿道中庭型住宅」という計画が生まれたのです。

<img alt="baytown5.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/baytown5.jpg" width="400" height="150" />
沿道中庭型の街区による街並み

<strong>◇計画デザイン調整</strong>
　幕張ベイタウンの住宅地開発は、千葉県企業庁の計画のもと、住宅都市整備公団（当時）、千葉県住宅供給公社、大手民間不動産開発企業体6社、計8住宅事業者が参画した官民パートナーシップ事業でした。ここでは、沿道中庭型住宅が住宅地計画の中心となり、千葉県企業庁はマスタープランで、その導入を決めました。住宅建築については、住宅事業者が個別に実施することから、マスタープランでは不十分のため、<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2011/02/post_115.html">幕張新都心住宅地都市デザインガイドライン</a>（以下、デザインガイドライン）で設計指針がきめ細やかに定められました。このデザインガイドラインをともなって官民共同の設計調整体制を造り上げたことが、このプロジェクトの大きな特徴でもあり、高く評価されています。

<strong>◇幕張方式</strong>
　長期にわたる事業開発を継続的に行うための工夫として、「幕張方式」といわれる独特の事業方式が生まれました。これは土地転貸借権付分譲方式のことで、事業主である千葉県企業庁が、土地を民間住宅事業者に貸し、それを居住者が土地を賃借、建物を分譲取得する独特の手法です。この方式を取り入れることにより、千葉県継続的にまちづくりに関わっていくことができます。一方、入居者にとっては購入時に土地代がかからない（購入後に賃料を払う）ため、購入価格が安くなる、という利点もあります。


参考文献：
　日本建築学会編, エコロジカルデザイン：幕張ベイタウン, 建築設計資料集成 地域・都市１（プロジェクト編）, 2003, 丸善
　蓑原敬, 日本で質の良い住宅都市は生き残れるのか 14年経った幕張ベイタウンの今, 新建築84(9), 50-57, 2009-8, 新建築社
　渡辺定夫、大室康一、安藤茂延、座談会　コーポラティブ・プロジェクトとしての都市づくり－ベイタウンに学んだもの、幕張アーバニスト第9号、2003年、千葉県企業庁
　前田英寿、都市建築の実現に向けた設計調整の実践　－幕張ベイタウンの事例－、日本建築学会計画系論文集　第606号、p123-130、2006年8月
　前田英寿、基盤建築の連携化に向けた都市空間計画の策定と実現　－千葉県幕張ベイタウンのマスタープランと都市空間形成について－、日本都市計画学会都市計画論文集、No.41-2、p25-32、2006年10月]]>
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   <title>まちの価値を維持していくこと　幕張ベイタウンの年表</title>
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   <published>2011-03-09T06:10:00Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>（PDFファイルで読む場合はこちらから→ファイルをダウンロード） ...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      <![CDATA[（PDFファイルで読む場合はこちらから→<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/%E5%B9%95%E5%BC%B5%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E5%B9%B4%E8%A1%A8.pdf">ファイルをダウンロード</a>）
<img alt="makuhari-table400.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/makuhari-table400.jpg" width="400" height="1567" />
]]>
      
   </content>
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   <title>まちの価値を維持していくこと　デザインガイドラインとは</title>
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   <id>tag:www.hilife.or.jp,2011:/journal2//3.563</id>
   
   <published>2011-03-09T05:50:00Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>編集局作成 　幕張新都心住宅地　都市デザインガイドライン（以下、デザインガイドラ...</summary>
   <author>
      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      編集局作成

　幕張新都心住宅地　都市デザインガイドライン（以下、デザインガイドライン）とは、千葉県企業庁が定めた幕張ベイタウンにおける都市デザインの具体的な設計に対する指針です。都市デザインの目標、街の地区区分、住棟のデザイン、屋外空間のデザイン、都市景観先導施設と街並み形成について、具体のイラストとともに示されています。デザインガイドラインがめざすところは、全体的には調和のとれた街並み形成を図りながら、個々の施設においては、創意工夫に富んだ魅力的なデザインの展開が図られることであり、すべての計画はガイドラインに則って、あるいは発展的に柔軟な対応をもって行われてきました。
      <![CDATA[特徴としては下記のような点があげられます。

１）マスタープランを補完する
　事業計画では、沿道中庭型住宅と格子状道路により基盤建築一体の都市空間計画を示しました。しかし、施設空間の整備主体は8住宅事業者であり、それぞれの担当街区は混合して配置されたことから、デザインガイドラインを運用することにより、相互の形態協調や干渉回避を図り、施設空間の集積が調和のとれた都市空間を形成するように導くことにしました。

２）沿道中庭型住宅を技術面で保証する
　沿道中庭型住宅をめぐっては、日陰や見合い、住棟の方位と外観の関係、駐車場と中庭の取り合いなどの技術的課題がありました。国内事例が乏しいため、建築設計レベルまで事前検討し、具体的な設計指針を示す必要がありました。

３）固定基準ではなく運用に裁量性がある
　都市デザイン方針の作成及び審査権限は、千葉県企業庁の委任で各住宅事業者専属の都市デザイン専門職「計画設計調整者」にありました。デザインガイドラインは固定基準ではなく、事業の進捗に伴う反省や事業環境の変動を反映しながら運用され、計画設計調整者は、各施設街区の事業運営を阻害せず創意工夫を促進するようにしました。

次に、この<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2011/02/post_120.html">デザインガイドラインの要旨</a>について具体例を交えて説明します。

参考文献：
　千葉県企業庁, 幕張新都心住宅都市デザインガイドライン, H13改訂版, 2002.3
　前田英寿、沿道囲み型住宅の面的展開による都市空間形成　－住宅地開発事業における設計指針の策定と運用－, 日本建築学会計画系論文集第606号, P99-106, 2006.8
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   <title>まちの価値を維持していくこと　デザインガイドライン要旨</title>
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   <published>2011-03-09T05:45:00Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>編集局作成 　ここでは、デザインガイドラインの中から、壁面、屋根そして商業施設等...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      <![CDATA[編集局作成

　ここでは、デザインガイドラインの中から、壁面、屋根そして商業施設等のデザインについて取り上げます。

<strong>◇壁面のデザイン　</strong>－沿道型住棟の壁面の構成、デザインなどについて
　◆壁面率
　沿道型住棟の壁面により街並みを形成することから、開口部を除いた壁面を明確に構成する部分の面積を、原則として立面全体の60%以上確保するものとする。

　◆開口部の形状
　開口部は、既製品にこだわらず、創意工夫する。

　◆壁面からの突出
　住戸のバルコニー、庇、霧よけ、出窓などを壁面から突出させる場合は、原則として建築線から75cm以内とする。
<img alt="designguide1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide1.jpg" width="200" height="150" />]]>
      <![CDATA[　
　◆バルコニー
　バルコニーは、ニッチ型を原則とする。3方向に開放し水平に連続するバルコニーは極力避ける。物干し用金物等を設ける場合は、手摺高をこえない位置とする。
<img alt="designguide2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide2.jpg" width="400" height="150" /> 

　
　◆外壁等の仕上
　外壁は、1,2階基壇部、中間部、及び頂部の3部構成とする。街の賑わいと密接に関係する基壇部と中間部は異なる意匠を施すことを原則とする。
<img alt="designguide3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide3.jpg" width="400" height="150" />


　◆色彩
　外壁及び上げ裏の色彩は原則として自由。
<img alt="designguide4.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide4.jpg" width="400" height="150" />


<strong>◇屋根のデザイン</strong>
　周囲からの景観を配慮して、変化に富んだ自由な構成とする。このため、やむ得ない場合を除き、住棟の過半を平坦な屋根で構成することは避ける。素材は、耐候性、加工性などから、瓦または金属板を使用する。色彩は原則として、無彩色系とする。設備機器等を設置する場合、沿道からの景観を配慮して、機器の周囲を適宜遮蔽する。
<img alt="designguide5.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide5.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="designguide6.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide6.jpg" width="400" height="150" /> 
 
<strong>◇商業施設等のデザイン</strong>
　商業施設等は原則として1階及び2階までとする。1階部分の階高は4.5m程度とする。賑わいを演出するために、街路に面するフロント部分は、透明ガラス等透過性のある素材で構成する。商業施設等のための広告物は2階以下に設置し、街並みと調和のとれたデザインとする。居住者に支障をきたす強い光線、輝度の高いもの、音の出るものは避ける。原則として袖看板、屋上広告塔は設置してはならない。
<img alt="designguide7.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide7.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="designguide8.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide8.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="designguide9.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/designguide9.jpg" width="400" height="150" />


参考文献
千葉県企業庁, 幕張新都心住宅都市デザインガイドライン, H13改訂版, 2002.3
]]>
   </content>
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   <title>まちの価値を維持していくこと　デザインガイドラインのめざすもの</title>
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   <published>2011-03-09T05:40:00Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>編集局　川上正倫 ◇デザインガイドラインの経緯　 　幕張ベイタウン（以下、ベイタ...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[編集局　川上正倫

<strong>◇デザインガイドラインの経緯</strong>　
　幕張ベイタウン（以下、ベイタウン）が計画されたのが1989年（幕張新都心住宅地事業計画）である。多摩ニュータウンにおける少子高齢化やそれに対応して空間の質を維持するための建物更新、管轄による公共サービスの差などの社会問題が現実化してきた頃であり、バブル景気を背景に益々の都市発展を見込した「よい」住宅地を模索する計画となっている。そのベイタウンを特徴づけている空間制御のための幕張デザインガイドラインが定められている。「単に住環境を満たすだけの街づくりではなく、都市景観等デザインに配慮した質の高い環境」の必要性を訴え、そんな「都市デザインが目指す街づくりの目標」として、
1. 　21世紀を展望した都市の先駆けとなる街
2. 　賑わいのある都心型の街並みが展開する街
3. 　国際交流が展開される居住環境を備えた街
4. 　ウォーターフロントの特性を活かした街
5. 　自然とのふれあいが感じられる街
の５つを謳っている。]]>
      <![CDATA[当然と思われる目標が並ぶ中で、ひとつ気になるのが２番である。「賑わいのある都市型の街並み」に対して、文献やシンポジウムの議論などを参照する限り、設計者の意識としてかなり強い思いを感じる。しかしながら、実現において苦労しているように見受けられるのも、「賑わい」である。この「賑わい」のためのひとつのキーワードとなっているのが「沿道型建築（道路に直近した型の建築）」である。ここでは、都市に住むことを享受する住まいの定型として、日本の町家、パリのアパルトマン、ロンドンのテラスハウスを参照しながら住民の住む姿勢と建物の工法の統一をもって、都市の美しい景観をつくってきたと評価している。目標の文中にもある「都心型」というのは、「郊外型」への強い批判が込められている。「郊外型」は、いわゆる近代都市としての４つの根本機能である労働、休息、余暇、交通を自己完結するイギリス型田園都市を理想としている。ところが、日本における「郊外型」は都心への接続を前提にしていたことで高齢化に伴う関係の断絶から姨捨山と揶揄されるに至っているように都市として脆弱であった。そして、日本において郊外型建築の象徴として参照されたのが、板状建築を代表するコルビュジェ型都市デザインである。そもそもコルビュジェの都市は、オスマンのパリ計画の権威主義に対する近代的な解放が主題であることもあり、日本の「郊外型」ニュータウン計画などに引用すること自体に無理がある。結果的に既存の都市的なコンテクストと断絶された、単に建築が「図」化されている持続性の疑わしい街が増えたという批評である。また、その結果が粗悪な景観であると評し、デザインガイドラインの動機ともなっている点が興味深い。多摩ニュータウンの反省をもとに幕張の差異づけを行いつつ、都市に住み、働き、遊ぶための空間構成として複合性、開放性、場所性が必要であり、それらを定型化することによって美しい「景観」が得られるのであるという論理である。つまりベイタウンにおいて幕張流定型をつくるための方法がガイドラインによって示されていることになる。

<strong>◇デザインガイドラインの役割</strong>
　ベイタウンを事業として成立させるための構図として面白いのは、このエリアの土地所有は千葉県企業庁であり、開発は街区単位で管理されて土地を借り上げた別々の建築主による点にある。これは、土地の価値が先行しがちな日本の開発としては非常に特徴的であり、都市計画の先進事例としてよく挙げられるアムステルダム市の開発と共通する。さらに建築主としての民間事業体と建物を含めた街区をデザインする設計者が組んで各々ガイドラインを守りつつ自由な提案を行っていることによって街区ごとのキャラクターができており、他の面開発としては一線を画している。この成果の表れとして、家族構成などの変化によって街区間での住み替えが頻繁であることなどから、ベイタウンという街の質に対する住民評価の高さが伺える。しかも、借地の上の建物は分譲されている。これは建物の価値を相対的に高めることでもあり、デザインが評価対象となっており、土地代が都市に住むことを苛んでいる日本の住宅事情からすると公共サービスのひとつのあり方のように思う。結果として住民にとっても「景観がよい街」と「デザインガイドライン」の存在意義のコンセンサスがよく取れている日本でも希有な街並みが成立していることは非常に評価できることである。

　また、建築面でもガイドラインが定型化している沿道型建物を都心型住環境として設定しており、街の賑わいをデザインしようとしている点には非常に共感を覚える。しかしながら、現実的には事業体がどこまで親身になっているのか、という点においては疑わしい状態であるように思われ、「賑わい」は今後の課題というように見受けられる。郊外型板状団地→沿道型都心建物というガイドライン設定時から今や時流は一気に都心型超高層住宅へと移りつつある。超高層は建物が「図」となっており、賑わいも建物の中に封じ込めてしまう、まさにデザインガイドラインが批判している近代の典型と言える。しかも幕張よりもさらに積極的に都心居住を推進しているタイプであり、幕張としては都心型として対極にある「街並み」として価値をどうつくっていけるかの真価が問われるところである。さらには、今まで価値を担保してきた千葉県企業庁が解体される。個人的には、デザインガイドラインの危機を乗り越えることで、幕張ベイタウンが景観を意識した希有な街という呼ばれ方をしなくなり、各地でこのような取り組みが当たり前になされるようになることを望んでやまない。]]>
   </content>
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   <title>まちの価値を維持していくこと　金沢シーサイドタウン概要</title>
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   <published>2011-03-08T18:09:53Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>　横浜市の最南部、金沢区の海沿いを南北にのびる集合住宅群が金沢シーサイドタウンで...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[　横浜市の最南部、金沢区の海沿いを南北にのびる集合住宅群が金沢シーサイドタウンです。計画戸数1万戸、計画人口3万人のニュータウンとして、昭和53年に入居が開始されました。三浦半島の付け根に位置し、横浜市中心部に比べて温暖な気候に恵まれています。近隣に横浜市唯一の海水浴場である海の公園や八景島などの人気リゾートを抱える地域でもあります。シーサイドライン（モノレール）がまちを南北に走っており、京浜急行線の駅からも徒歩圏で、品川駅までの所要時間は35分ほどです。


<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawaST-mappopup.html" onclick="window.open('http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawaST-mappopup.html','popup','width=652,height=564,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img alt="kanazawaST-map.gif" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawaST-map.gif" width="300" height="260" />
</a>金沢シーサイドタウンの位置（編集局作成）


<img alt="kanazawast-1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-1.jpg" width="400" height="150" />
写真：八景島周辺の眺め

<img alt="kanazawast-2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-2.jpg" width="400" height="150" />
写真：金沢シーサイドタウンの様子]]>
      <![CDATA[<strong>◇金沢シーサイドタウン開発の経緯</strong>
　鎌倉時代からのリゾート地であった金沢区の海岸線も、高度成長・人口増加の余波を受け、昭和40年代から埋め立てが計画されることになりました。それまでは埋立地＝工場用地というのが常識でしたが、この金沢の埋立地は当初から工業地帯と住宅地を共に開発する「都市再開発」に用いるものと位置づけられています。これは当時としては画期的な発想でした。港北ニュータウンなどと共に、横浜市の都市整備戦略6大事業のひとつとして、市の情熱的ともいえる注力のもと、埋め立て事業が開始されたのです。

<img alt="kanazawast-3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-3.jpg" width="400" height="150" />
写真：金沢シーサイドタウン沿いに走る首都高速湾岸線と工場地帯

　埋立地のうち住宅地となる約180haは、従来のように自治体が街路とインフラを整備した後は事業体に丸ごと売り渡してしまうのではなく、人間的な優れた都市景観を作り出す「<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2011/03/post_122.html">アーバン・デザイン付きの開発</a>」として設計されました。横浜市が建築家の槇文彦氏と組んで行政内部に「アーバン・デザイン・チーム」を作り、埋立地という人口造成地上に快適な住環境を生み出すべく、昭和42年に「金沢シーサイドタウン」計画がスタートしました。


<strong>◇シーサイドタウンの生活</strong>
　タウン内では横浜市や住宅公団を含む複数の事業体が住宅を作り、昭和53年から58年にかけて住民が次々と入居しました。平成元年には新杉田と金沢八景を結ぶシーサイドラインが開通し、利便性が向上しています。当初は1つだけだったスーパーも現在大小合わせて３つになり、日常的なものの買い物には事欠かないと言えます。銀行や郵便局、体育館や公園などの施設も揃い、通勤通学などを除けば「徒歩数分の範囲内で生活できる」状況です。まちの開発と同時に植えられたさまざまな樹木は大きく成長して四季折々の美しさを見せ、埋立地であることを忘れさせるほどです。

<img alt="kanazawast-4.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-4.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="kanazawast-5.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-5.jpg" width="400" height="150" />

<img alt="kanazawast-6.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-6.jpg" width="400" height="150" />
写真：シーサイドタウン内の様子

住民の満足度はおおむね高く、タウン内での住み替えも頻繁に行われています。最初に賃貸エリアや分譲の高層棟に入居した人が、占有面積の広い中低層や専用庭付きの住宅に移るパターンがほとんどです。


<strong>◇シーサイドタウンの現状とこれから</strong>
　シーサイドタウンの住宅群は開発時から環境を整え、集合住宅ながら「仮住まい」ではなく「終の棲家」となることを視野に入れて設計されました。最初の入居からほぼ30年が経った現在、ずっと住み続けている住民も数多く、定住化は計画通り進んだように見えます。しかし定住化するということは、入居者が固定し高齢化するということでもあります。

　シーサイドタウン・並木1～3丁目の2010年9月の人口は20,005人。ここ10年で3500人ほど減っています。年齢別にみると最も多いのは60歳代で、10代と20代で著しく減少していることがわかります。30代でこのまちに移ってきた人々が60代になり、その子どもたちが成人して外へ出ていっている様子がうかがえます。

　かつてタウン内には小学校が４つあり、1990年代頃にはどの学校も1000人ほどの児童を抱えていました。今世紀に入り児童数は急減し、今から5年前にそのうち2校が統合され、現在では小学校3校・中学校2校となっています。統合により廃校になった小学校用地は民間に売却され、目下、主に高齢者を対象とする大規模リハビリ病院の建設が進められています。

<img alt="kanazawast-7.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-7.jpg" width="400" height="150" />
写真：現在の小学校跡地と周辺の様子

タウン内にはエレベーターのない4、5階建の住宅や、エレベーターがあっても各階停止ではない高層住宅も数多く、高齢化の進むまちの今後の大きな課題となると思われます。
　ただ、10歳未満の小さい子どもの数はそれほど減っておらず、子育て世代である30代は逆に2割ほど増えています。住民によると、タウンで育った子どもが結婚して家庭を持つと、またこのまちに帰ってくるケースが少なからずあるそうです。親と子それぞれが近距離別居をし、「子どもが小さいうちは親に子育ての手助けをしてもらい、親が高齢化したら面倒をみる」という生活スタイルがタウン内で広がっているのかもしれません。　　

参考文献：
・「都市住宅」1981年10月号
<a href="http://www.city.yokohama.lg.jp/ex/stat/jinko/cho/new/kanazawa.html">・横浜市統計ポータルサイト</a>
<a href="http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/members/kitazawa/kt.html">・北沢猛氏ホームページ</a>]]>
   </content>
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   <title>まちの価値を維持していくこと　アーバンデザインの実践について</title>
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   <published>2011-03-08T17:24:37Z</published>
   <updated>2011-08-23T04:51:57Z</updated>
   
   <summary>編集局作成 　金沢シーサイドタウンの開発における特徴には、金沢埋立地の構想が深く...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[編集局作成

　金沢シーサイドタウンの開発における特徴には、金沢埋立地の構想が深くかかわっています。従来の埋立地は工業地帯として利用するのが一般的でした。しかし横浜市は、金沢の埋立地を工場用地だけではなく、住宅地や海の公園も併せて開発し、これらが一体となって一つのまちが形成できるように、都市整備の事業を進めていきました。そして、住宅地区の生成にあたっては、「ひとつのまちづくり」と捉え、アーバン・デザインの手法を用いて活気のある街をつくり出そうと考えました。これまでの埋立地にありがちな殺伐とした乾いたイメージを払拭するような、潤いのある楽しいまちづくりを目指したのです。

<img alt="kanazawast-ud-0.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-0.jpg" width="400" height="150" />
写真：シーサイドタウン内の様子　緑豊かな住環境]]>
      <![CDATA[<strong>◇アーバン・デザインとは</strong>
　このアーバン・デザインとは一体どういうものなのでしょうか。
　当時横浜市で都市デザインを担当していた西脇敏夫氏、北沢猛氏によると、アーバン・デザインは以下のように定義されています。

・おのおののまちの自然的背景、地域的背景、歴史的背景などを踏まえ、その街全体としての目標を明らかにし、街に参加してくるさまざまな主体の要求とそれらの相互関係を、この目標に従って調整していくこと。
・単に量的なものの解決ではなく、質の向上を目指したまちづくりを行うこと。
・個々のもつ価値の単なる集積ではなく、また個々の価値を犠牲にして全体的価値を押し付けるのでもない。集積されることの価値を生み出しながら、まちとしての特徴をつくりだしていくこと。

　その土地特有の文脈を読み取り、個々の調和から全体としての特徴を生かしていくこの試みは、高度成長時代の急激な都市化に伴ってなされた大量供給型開発へのアンチテーゼと言えるものであります。


<strong>◇アーバン・デザインの手法によるマスタープラン</strong>
　横浜市は、建築家の槇文彦氏率いる槇総合計画事務所とともに、5年の歳月をかけて住宅地全体のマスタープランを作成しました。住宅地の基本的な計画は次のようなものでした。

１．通過交通を避ける　－歩者分離
住宅地内の通過交通をなるべく排除し、住宅地の居住環境の保護、居住性の安全性を確保する。
<img alt="kanazawast-ud-1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-1.jpg" width="400" height="150" />
写真：住宅地外周を走るループ道路

２．住宅地と工場地帯の分離　－緑の緩衝帯
土手と植樹によって、道路や工場地帯と住宅地とを遮断する。 
<img alt="kanazawast-ud-2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-2.jpg" width="400" height="150" />
写真：首都高速湾岸線に沿って設けられた植栽空間
 
３．既存住宅地と接する部分（旧海岸線）にはなるべく水と緑を残すこと
<img alt="kanazawast-ud-3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-3.jpg" width="400" height="150" />
写真左：旧海岸線に残る断層、写真右：旧海岸線沿いの長浜公園野鳥観察池

４．旧漁港地区を水辺空間として積極的に活用すること
<img alt="kanazawast-ud-4.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-4.jpg" width="400" height="150" />
写真：海の公園の様子－潮干狩りをする人々

　この基本計画のもと、住宅地内の通過交通を避けるために、住宅地の周囲にはループ道路がめぐらされました。また、湾岸道路、工場との緩衝帯として、植栽空間が設けられました。これらの植栽は埋め立てから30年近く経った今、野趣あふれる緑豊かな空間となっています。また、金沢八景という景勝地、旧漁港による入江を活用すべく海の公園や八景島などの計画が進められました。今では、休日に大渋滞を引き起こすほど人気のリゾート地となっています。

　このような条件の整備により、いったん住宅地に入ると、ここが埋立地で、近くに高速道路や工場地帯があることを忘れてしまうような雰囲気を持つ住宅地が形成されました。

<img alt="kanazawast-ud-5.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-5.jpg" width="400" height="150" />
写真：シーサイドタウン内の様子


<strong>◇住宅地におけるアーバン・デザインの実践</strong>
　住宅地内部も、当時の集合住宅地としては新しいアイディアを盛り込んだ計画が提案されました。ここでは定住化を視野に入れ、「日本人が定住する住宅や住宅地はどういうものになり得るか」を計画の発想の原点として重要視しました。以下の点が基本的な構想です。

１．グリッドパターンによる街区構成
２．低層住宅による街並みの構成と環境への配慮
３．大通り・通り・小路という街路のヒエラルキー
４．個性的な公的建築デザインの導入
５．サイン計画、公園、植樹、ランドスケープも含めたトータルデザイン

　事業用地分譲後の姿を見据えて、敷地の分割・統合に対応可能な柔軟性を併せもつ格子状の街区にしたこと、低層住宅を主体として街路にヒエラルキーを設けることにより、京の町家に見られるような風土的にも日本に長く息づいている公共空間のシークエンスを意識したことなどが主な特徴です。

　やがて、1号地（並木1丁目）の大部分と2号地北ブロック（並木2丁目）は当時の日本住宅公団（現・都市再生機構、以下公団と表記）に売却することが決まります。そして、1号地の実施設計も槇総合計画事務所が行うこととなりました。実際には、オイルショックによる埋立地のコスト高が引き金となり、低層住宅のみでの街区構成案は、高層・中層・低層の住棟を組み合わせる計画へ変更されました。しかし、歩行者専用道路（以下、歩専道）を中心に低層住宅が数多く建設され、身近な生活のスケールをもつ住空間を生み出しています。

<img alt="kanazawast-ud-6.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-6.jpg" width="400" height="150" />
写真左：1号地（並木1丁目）の高層住宅群、写真右：船溜まり越しに見る1号地


<strong>◇協同設計によるアーバン・デザインの取り組み</strong>
　複数の事業主体によって建設された1号地に対して、2号地北ブロックは公団のみに分譲されることになりました。いわゆる公団団地の住宅地が形成されるのを好ましいことではないと考えた横浜市は、公団に対し土地分譲に際して、4人の建築家に建築設計を依頼するよう申し入れました。神谷宏治氏、内井昭蔵氏、藤本昌也氏、宮脇檀氏の4者による協同設計です。このようにして、複数の異なる個性による団地型ではない変化のあるまちづくりを目指しました。

　設計にあたっては、1号地で導入された手法 －歩専道を住宅地の骨格とすること、低層接地型住宅を活動の主軸である歩専道沿いに配置すること、を踏襲し、ヒューマンスケールを主軸に歩専道の周辺に調和のとれたタウンスケープを展開させていく方針が固められました。その根底には、生活実感を得られるような街をつくりたいというテーマがありました。具体的には、歩専道からコモンスペース、路地というような公から私をつなぐ空間のデザインを重視し、歩専道から横道へそれた外の広がりにいたるまで、生活のアクティビティを含んだ雰囲気が伸びていくことを意図しました。

 <img alt="kanazawast-ud-7.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kanazawast-ud-7.jpg" width="400" height="150" />
写真：2号地北ブロック（並木2丁目）、歩専道から小路へ


<strong>◇アーバン・デザインの成果</strong>
　これらのアーバン・デザインによるまちづくりの試みにおいて、多くの議論を重ねた結果として実現しなかったことも少なからずありました。しかし、現在の金沢シーサイドタウンの様子を見ると、建物やその周辺環境に様々な工夫が施されたことが奏功し、季節ごとにその美しさを楽しめる樹木に囲まれ、建物や路地が様々な表情を持つ豊かな住空間が広がっています。アーバン・デザインという手法によって、金沢シーサイドタウンの緑豊かな趣のある住環境がひとつの価値として創出されていることは、個々の調和から全体としての特徴を生かしていこうとするこの手法のひとつの成果といえるのではないでしょうか。


参考・引用文献：
金沢シーサイドタウンのアーバン・デザイン構想、田村明、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会
街路型住宅へのアプローチ、長島孝一、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会
街づくりへの参加の可能性と問題、神谷宏治ら、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会
集合住宅地におけるアーバン・デザインの実践、西脇敏夫、北沢猛、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会
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