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   <title>あかりで何を照らすのか　角館政英氏インタビュー（３）</title>
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   <published>2010-07-16T00:49:37Z</published>
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      <![CDATA[今月の東京生活ジャーナルでは、先月に引き続き「光のまちづくり」を取り上げます。角館氏が岩手県大野村や富山県八尾町で行った住民参加の光の実験の概要や、そのような取り組みを都市にも広げていく際の課題について伺っていきます。


<strong>―　住民も参加して光環境を整える「光のまちづくり」を多く手がけられているそうですが、その概要や住民が参加することの意義について教えてください。</strong>

<strong>◇ 安心・安全な光環境を求めて</strong>
　岩手県の大野村（現：洋野町）でも横浜・元町と同じような実験を基に街路灯整備を行いました。大野村では、まず夜間歩くことに対する住民の意識調査から始めました。その結果、人は歩行中、溝につまずかないかなどの路面の状態だけではなく、街路の周辺部に存在する奥まった空間に対して不安感やストレスを抱いていることが明らかになったのです。そこで、私たちは路面上の明るさを確保するよりも、街路周辺に点在する暗闇であったボイドの不安感やストレスを軽減させる光環境を導くための実験を行いました。ちょうちんや行灯を使ってボイドを照らすという手法で新しい光環境を創り出す実験を行い、不安やストレスの主な原因となる2つの項目について評価してもらったところ、横浜・元町での実験結果と同様にボイドに光があることで不安感が軽減することがわかりました。また、実験に合わせて光環境について住民アンケートを実施したところ、大半の人が明るい、歩きやすいと感じていることがわかりました。

 <img alt="li-2-1.gif" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-2-1.gif" width="400" height="137" />
光の実大実験の様子
]]>
      <![CDATA[<strong>◇ 光の実験を通して気づくこと</strong>
　実験には、住民の方に参加してもらい、次の三つのことをお願いしました。一つ目は、実験をする際に電源を借りる。二つ目は、どこに設置するかを一緒に考えてもらう。学生が一軒一軒訪ねて、住民の方と一緒に、どこに付けたら一番効果的かといったようなことを考えてもらう。三つ目は、ここはちょっとポイントなのですが、この提灯というのは、100円ショップで買ってきた提灯で、いろいろな色や形があるんですね。それを住民の方に選んでもらったのです。その結果、ある人は、ポッと道に出て、あの人はあの提灯を選んだのねと物に反応をする。空間がわかる人は、ああ、うちの村ってこんなに雰囲気変わったわね、と気がつくんです。参加することによって、街の変化にも敏感になっていくようです。

　　
<strong>◇ 官と民が協力して</strong>
　大野村では場所を変えて街路灯整備を2年かけて行いました。2年目には嬉しいことに官民協力して、建物の際までを共有空間としてみんなで整備をしていきましょうということになりました。下の図をご覧いただけるとわかると思いますが、従来は官民分離といって、私有地（民地）と公有地（道路）が分離されて考えられており、防犯灯は公共空間である道路上にしか設置できませんでした。ところが、官民協力することによってボイド部分に照明を設置できるようになったのです。今までは、防犯灯や街路灯というのは、公共の道路に限定された話だったのが、大野村では、そこを公共空間として考えていこうということになったのです。だから、照明も敷地から入り込んだところに建ったりしているんです。この光というのは、街並みの法則に従がって光が配置されているので、結果、街並みが非常に浮き立っている。ちょっと俗っぽい言いかたですと、街をライトアップしているという、そういう意味合いにもなるのですよね。これは、大好評でしたね。このときに、この街路灯整備のために集まった人たちが、そのまま「まちづくり委員会」というような名前に変えて、ずっと活動されているようです。
　　
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左：官民分離時の公共空間　右：官民協力時の公共空間


<strong>◇ 暗くなって見えたもの</strong>
　富山県の八尾町でも、住民が参加して光の実験を行いました。ここでは、八尾住民にとって最適な安全性と防犯性を持った光によるまちづくりを提案しようとしました。実験期間中は、実験地域のすべての街路灯を消灯し、実験用に設置したあんどんや提灯、窓灯りによって街並みを美しく照らすことにしました。実験初日には多くの住民の方から、「暗い」という感想が漏れていたんですね。それまで煌々と道路が照らされていた状態に慣れていたわけですから、当然の反応です。しかし、実験3日目ごろには「町がよく見える」「あたたかい光で心が安らぐ」「夜も歩きたくなる」と言う感想が出始めたんです。実験の結果からも、30メートル間隔ぐらいに目印になるような灯りがあると、人は十分に安心して歩いていけるということがわかりました。

<img alt="li-2-4.gif" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-2-4.gif" width="400" height="124" />
井田川沿いの光景

　八尾町を横断する井田川の川沿いから見る光の風景を一番に喜んでいたのは、共に考えを巡らせた周辺住民の方たちでした。「星がよく見える」「やさしい感じがする」「立体感が生まれた」｢町がよく見えるようになった｣という意見も出てきました。こういった感想に表れる住民の意識は、日を追うごとに光への愛着へと変化していった気がします。それまで、光やまちづくりに距離を感じていた人、暗いという声を漏らしていた人たちが、実験に参加・協力することで、自分たちの町に対する意識が高くなったと実感しました。

資料提供：ぼんぼり光環境計画株式会社


<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/07/post_88.html">あかりで何を照らすのか　角館政英氏インタビュー（４）を読む</a>]]>
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   <title>あかりで何を照らすのか　角館政英氏インタビュー（４）</title>
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   <published>2010-07-16T00:44:01Z</published>
   <updated>2010-07-20T03:30:44Z</updated>
   
   <summary>―　このような街路整備を通して、見えてきたこともあると思います。 ◇ 事例を積み...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[<strong>―　このような街路整備を通して、見えてきたこともあると思います。</strong>

<strong>◇ 事例を積み上げること</strong>
　このような街路整備を進める中で、一番のポイントとなったのは、実験結果報告でした。僕のようなデザイナーがこういう風にやりましょうよと言うと、住民の方からは了解を得られやすい。ところが、役場はなかなかOKを出してくれないのです。言っていることはわかるけど、という段階で話が終わってしまうのです。それは、今まで仕様設計が当たり前だったので、僕たちがやろうとしている性能設計では客観的な指標がないからなのです。そういった時に、大学や学会の報告書が客観的なデータとして役場の人に非常に説得力を発揮してくれたのです。

　個人的には、やはり照明というものを考えるときに、性能設計に基づいた最小限の光環境を創ることによって、実は街が浮き立ってくるのではないかと思っているんです。
しかし、事例が今はあまりにも少ない。性能設計という事例が今は少ない。ですからこういう事例を、やはり誰かが作っていかない限り、日本の光環境というものが根底的に変わっていかない。そういう認識をしています。これはもう地道に事例を積み上げていくしかないなと思っているところですけれどね。性能設計の良い事例を、いかにわかりやすく作れるか、というのが、僕の課題だと思っています

]]>
      <![CDATA[
<strong>―　性能設計に基づいた光環境を創ろうと考えられたきっかけは何だったのでしょうか。</strong>

<strong>◇　身体的概念に基づいた光環境へ</strong>　
　単純な話なのですが、人が歩く時にどういう光が必要なのだろうとかと疑問に思ったのがきっかけです。通常、日本の公共空間の照明は一般的に、JISの照度基準などで示されている道路の水平面照度や路上の直面照度を確保することを念頭において計画されています。ところが、少ないカテゴリーで分類された照明基準では、空間のさまざまな状況に対応することができないという問題があるんです。そこで、本当に豊かな光環境とは何であるかという原点に立ち返り、「見える・見えない」「歩ける・歩けない」といった身体的概念に基づいた照明環境のあり方が構築される必要があるのではないかと思ったのです。

　ある特定の場所で、人がどんな行為をしているのかを把握すると、本当に必要な光が見えてくると思います。例えば平らな道を歩くならば、路面を明るくしなくても、今何処にいて何処に行くべきかというサイン的な光があれば問題なく歩行できますよね。ＪＩＳや仕様書というのに基づいて計画をするのではなく、場所によって光環境はいろいろと変わってもいいのではないかと思ったことから、既存の街路灯に依存しない新たな光環境を形成していく活動に取り組み始めました。街路の夜間の性能を明確にした上で、最終的には光環境の実践へ結びつけていることに大きな意義があるのではないかと考えています。


<strong>―　既存の街路灯に依存しない新しい光環境を形成するために、今後どういった活動をしていこうと考えていらっしゃいますか。今後の展望と併せてお聞かせください。</strong>

<strong>◇　画一的な手法からの脱却を目指して</strong>
　これまで様々な街において、実際に光環境をつくりながらその効果を把握する実験を行なってきました。こうした研究は、住民の参加なくしては不可能であり、研究の意図を深く理解してもらい、なおかつ自ら街につながる物を得てもらえるようにしなくては実現化できません。岩手県大野村では、今回の光環境整備事業が発端となり、住民によるまちづくり委員会が発足し、様々なイベントを開催したり、空き家や空き地利用の提案や整備を自主的におこなったりするようになりました。

　現在、「仕様設計から性能設計」への移行が求められていると思います。光は地域性を生かしやすい手法であるため、住民の方自身が選択できると共に、誰もが理解しやすい価値観や制度を確立していくことが必要になります。今後は、地域の人の活動に合わせた時間のオペレーションについても研究し、調査を重ねながら提案していきたいと考えています。街路の光は、マニュアルのみに従って計画していくことは難しい。今後、各方面での事例を蓄積していくことによって、日本独自の夜間の景観を構築できればと思っています。

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/07/post_85.html">あかりで何を照らすのか　角館政英氏インタビュー（３）へ</a>
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   <title>あかりで何を照らすのか　角館政英氏インタビュー（１）</title>
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   <published>2010-06-10T04:28:43Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>　今回は、「光のまちづくり」を提唱されている照明家の角館政英氏にお話を伺いしまし...</summary>
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      <![CDATA[　今回は、「光のまちづくり」を提唱されている照明家の角館政英氏にお話を伺いしました。角館氏は従来の画一的な街路灯のあり方に疑問を呈し、人々の生活に根ざした親しみのある照明を追及するため、住民を交えた照明実験ワークショップを行うなど全国各地で精力的に活動されています。
　あるべき光環境とはどういうものなのか、それが実現することによって物理的な環境だけでなく、住民の気持ちがどのように変化していくのかなど、「光のまちづくり」の意義について語っていただきました。
<img alt="kakudate1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kakudate1.jpg" width="400" height="122" />
「光のまちづくり」事例（左：横浜元町、右：岩手県大野村）


<strong>角館政英氏プロフィール</strong>
照明家、一級建築士、博士（工学）
ぼんぼり光環境計画代表取締役
日本大学理工学部建築学科卒業、同大学院建築学専攻修士課程修了、2009年博士（工学）取得。
TLヤマギワ研究所、ライティングプランナーズアソシエーツ（LPA)を経てぼんぼり光環境計画設立。
金沢美術工芸大学非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師、関東学院大学非常勤講師など。
<img alt="kakudate-san1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/kakudate-san1.jpg" width="267" height="200" />
]]>
      <![CDATA[<strong>―　まずはじめに、角館さんの考えるあるべき光環境とはどのようなものかを教えてください。</strong>

<strong>◇　誰のための灯りか</strong>
　下の写真は、銚子駅前のシンボル通りです。今から20年ほど前のバブル期に、国から地方に潤沢な予算が組まれていた時期がありました。その中で駅前活性化のために、予算が道路や街路灯の整備に充てられていたんです。銚子もその一つの例です。この写真を見ていただくと、道路や横断歩道が石で張り分けられていること、街路灯がオリジナルでデザインされたものだとおわかりになると思います。デザイナーの方が、警察の協議など頑張ってやったものだと思うんです。ところが、この写真を撮ったのが冬の18時。商店街は閉まっており、誰も歩いていない。電車で駅に着いた人はどうしているのかというと、車で迎えがくるという典型的な地方の街なんです。では、この光環境というのは、一体誰のためなのか。この問いに対して、今、これに答えられる人はいないと思うのです。

<img alt="li-1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-1.jpg" width="400" height="272" />
銚子駅前シンボル通りの夜間景観


<strong>◇　街路灯が照らすもの</strong>
　下の写真は、パリのシャンゼリゼ通りです。凱旋門に向かって少し傾斜がかっている非常に特徴的なストリートです。下の写真の右側の図のように、道に対して直線に等間隔に同じ街路灯が並んでいて、この配列のルールがそのまま夜間の景観として現れてくるわけです。つまり、等間隔に並んだ光のラインが浮かんで見える。道が目立っているんですね。では実際、この通りの昼間の様子はどうなっているのかというと、幅20メートルぐらいの歩道沿いにカフェやブティックがあり、非常にアクティビティーが高く、賑わっている。しかし、こういった街の様子をあかりは照らしていない。これは、照明の本来あるべき姿ではないと思うんです。

<img alt="li-20.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-20.jpg" width="400" height="143" />
左：シャンゼリゼ通りの夜間景観、右：街路灯配置イメージ

<img alt="li-21.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-21.jpg" width="400" height="134" />
左：シャンゼリゼ通り、右：シャンゼリゼ通りに面したカフェや店など

　日本の多くの街でも、道路に沿って照明が等間隔に設置されているため、道路だけ目立ちます。その結果、どの町でも似通った雰囲気となり、街のもつ個性・魅力が見えてきません。


<strong>◇　街並みから感じられる人々の生活</strong>
　下の写真はベニスの裏通りです。こういうヨーロッパの古い街並みというのは石の建築で道幅が狭い。街路灯は道につけられないので、みんなで建物につけることになります。街路灯は自分の建物のファサードの真ん中ではなくて各コーナーにつけるんです。ここでは、光の配列のルールが、先ほどのシャンゼリゼ通りのような道路の法則に従っておらず、街並みの法則に従った光の配置となっているのです。だから、結果として街が目立っている。ヨーロッパの街の多くでは、照明が建物に沿って設置されているため、街並みがよくわかります。そこから、その街らしさや人の生活がにじみ出て、親しみのある街路空間となっています。

<img alt="li-31.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-31.jpg" width="400" height="314" />
左：ベニスの夜間景観、右：街路灯配置イメージ

　下の写真はベトナムの市場です。裸電球が並んでいて、活気があって賑わいがある。電球はとても値段が安いですよね。先ほどの例の銚子駅前は、膨大な予算を使ってインフラを整備したのにも関わらず全く活気も賑わいも感じられないのはどういうことか。こちらはこんなに活気があるではないか。実はこういった点からも、光の使いかたが色々とあるのではないかと考えられるんです。大事なのは、街並みが目に映ることによって感じられる「人々の生活」ではないかと思うのです。

<img alt="li-4.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-4.jpg" width="400" height="279" />
ベトナムの市場

　

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/06/post_86.html">あかりで何を照らすのか　角館政英氏インタビュー（２）を読む</a>]]>
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   <title>あかりで何を照らすのか　角館政英氏インタビュー（２）</title>
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   <published>2010-06-10T04:01:57Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>―　なぜ銚子のような街路灯が多いのでしょうか。 ◇　実態にそぐわない基準 　そも...</summary>
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      <![CDATA[<strong>―　なぜ銚子のような街路灯が多いのでしょうか。</strong>

<strong>◇　実態にそぐわない基準</strong>
　そもそも光環境を設計するには、照度基準というのがあります。この基準を守らずに何か問題が生じた場合は、国の責任になってしまいます。だから、国の担当者は当然、照度基準を守るように指導するのが常識となる。ここで、日本の歩行者のための照度基準についてお話します。

<img alt="li-5.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li-5.jpg" width="400" height="535" />
]]>
      <![CDATA[　上の図のように、商業地域の交通量の多いところ少ないところ、住宅地域の交通量の多いところと少ないところというように、交通量に比例して照度基準が設定されています。これは至極当たり前のように感じるのですが、実は大きな落とし穴があると思います。防犯性という視点から考えてみましょう。女性が道を歩いていて、いつが一番怖いのかというと、それは自分の家に帰る深夜でしょう。要するに住宅地の交通量の少ないところが一番怖いんですね。ところが、今までの基準ですと、住宅地の交通量の少ないところが一番暗くていいという感覚です。つまりこれは、矛盾しているんですよね。本来は、防犯性を基準に考えた場合、住宅地の交通量の少ないところを明るくして、人気の多いところはそんなに明るくする必要がないのではないかと考えられるのです。
　また、4つのカテゴリーにしか分けていないというのも大きな問題なんですよね。この分類だと、例えば、歌舞伎町も新宿も池袋も、銚子の駅前も、その地域では交通量の多い商店街というカテゴリーに入ってしまうのです。こういう事態が日本中で起こっているのです。


<strong>◇　不安なところが「見える」こと</strong>
　そこで、街路空間の対人不安について調べるために照明実験を行いました。最初に行ったのは横浜の元町です。まず、50分の1の模型を作って、商店街の人たちにプレゼンテーションをしました。下の写真の左側は防犯灯が点灯している現状を模型で表したものです。そこで、現状に対して、道に対して凹んでいるところをきちんと認識できたほうが安心するのではないかという予想をたてました。それが例えば低い光だとしたら、更に空間としては良いのではないかと提案をしました（写真右上下）。

<img alt="li6-1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li6-1.jpg" width="400" height="128" />

<img alt="li6-2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li6-2.jpg" width="400" height="304" />
左：防犯灯点灯時（路上のみ明るく照らされている）
右：門灯・ボイド照明点灯時（街路の輪郭が照らされている）

　この提案に理解が得られたので、実際に街でいろいろと実験をさせてもらいました。最初にやったのが街路灯。防犯灯を全部消して、道に対して凹んでいるところ、ここをボイドと呼んでいるのですが、そこにあかりを置くことによってどうなるのかということを調査しました。

<img alt="li6-3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/li6-3.jpg" width="400" height="135" />
左：防犯灯主体の光環境（道路は明るいが、周辺部に暗がりが残り、街並みがよくわからない）
右：行灯による光環境実験（防犯灯の代わりに行灯を街路周辺部に配置すると街並みがよくわかる）

　すると、断然こちらの方が、安心感が増すという結果になったんです。条件はいくつかありますが、まず、見通しが良くなった、周りがよく見えるようになったといった項目がポンと上がりました。この実験から、空間に人が隠れているかもしれないと思うことが、実はとても不安になること、そして、この点をきちんと認識できれば、安心感に繋がるということがわかったのです。肝心なのは、ただ「明るい」ことではなく、不安なところが「見える」こと。建物同士の隙間など歩行者の死角となるところに光を置いて空間認知をしやすくしてあげる。そうすると、街並みがよく見えて安心な光となり、おのずと街の個性や魅力も出てくるのです。

資料提供：ぼんぼり光環境計画株式会社

次号は住民も参加した「光のまちづくり」の概要と意義についてお話を伺います。]]>
   </content>
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   <title>変えるものと変えないことと　　野毛の概要</title>
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   <published>2010-05-13T11:55:00Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>　今回の東京生活ジャーナルは、横浜の野毛商店街を取り上げます。この地では1990...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      <category term="15変えるものと変えないことと" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      　今回の東京生活ジャーナルは、横浜の野毛商店街を取り上げます。この地では1990年代半ばに、当時予定されていた東急東横線桜木町駅の廃止や隣接するみなとみらい地区の整備を見越し、街の活性化を目的とし、横浜市の整備事業の一環としてまちの景観作りを進めました。その時に想定されていた周辺の変化が現実のものとなった現在、当時仕掛けたものの効果は果たしてどのように生きているのでしょうか。まず今月は、整備事業に建築家の立場で関わった山口勝之氏へのインタビューを通して、事業の経緯からお伺いします。

      <![CDATA[<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/noge-map1.html" onclick="window.open('http://www.hilife.or.jp/journal2/noge-map1.html','popup','width=571,height=632,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img alt="noge-map1-300.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/noge-map1-300.jpg" width="300" height="331" /></a>
野毛地区の位置（編集局作成）


<strong>◇野毛の歴史</strong>
　JR桜木町駅からほど近い、野毛商店街。野毛の街づくりは、1859年の横浜開港に伴い神奈川奉行所が置かれ、付属施設として野毛に役宅が建てられたことに始まる。明治維新後は、一部の建物が官舎に転用された他は、旧幕府施設の大半は廃止になり、民間に貸与されることになった。そこへ、開港場へ繋がる横浜道の拠点として商人や職人が全国から集まった。こうして、商人の街、野毛が築かれていった。第二次大戦後は闇市としてごった返し、高度成長期には全国有数の活気に溢れる街となった。数々の映画や小説の舞台としても有名である。

<img alt="noge1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/noge1.jpg" width="400" height="141" />
左：ＪＲ桜木町駅から野毛方面に向かう地下道入り口
右：野毛方面からＪＲ桜木町駅越しに見えるランドマークタワー


　横浜の新都心ともいえるみなとみらい地区と、怪しい大人の街・日ノ出町の中間に立地し、周辺を住宅地やビジネス街が囲む地理的な位置と、繁華街としての長い歴史が野毛の複雑な表情を作っている。飲食店は、立ち飲み屋や手軽な居酒屋から本格料理店、食通の集まる隠れ家、極小バー、ライブハウスまで多種多様である。野毛の面白さは、このような多彩な飲食店が並ぶ間に、住宅、医院、床屋といった市民生活の場と、ソープランド、ファッションヘルス、ラブホテル、ストリップ劇場、成人映画館などが明確な境界もなく混じり合う光景にある。日常と非日常が同居する街なのである。


<strong>◇街路整備に至った背景</strong>
1990年代半ば、みなとみらい線の開通に伴う東急東横線横浜駅～桜木町駅間の廃線が決まり、桜木町駅利用客の流れが当時開発中だったみなとみらい地区に流れてしまうことが予想された。また、四方を幹線道路と川に囲まれ、夜の営業が中心で、歩行来街が大半を占める野毛地区へのアクセスが容易でなくなる状況も生まれ、陸の孤島状態が進んでいた。このような要因に加えて、交通環境の発達により他の商業地区へのアクセスも容易となり、来街の目的性が高くなければ、集客が難しい状況となった。こういった交通環境・商業環境の変化に対応するために、この街に来てもらえる「来街の目的」を強化することが重要であった。そこで、「ここでなければ」「ここに来たい」と思わせる新しい魅力の創出のために、当時横浜市が行っていたライブタウン整備事業の一つとして街の整備に着手したのである。

<img alt="noge2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/noge2.jpg" width="400" height="141" />
<img alt="noge3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/noge3.jpg" width="400" height="211" />
野毛商店街の光景


<strong>◇ライブタウン整備事業</strong>
　横浜市のライブタウン整備事業は、公共施設整備（道路、公園、橋など）ではなく、横浜市の商店街振興施策として、商店街の個性を活かし、ハードとソフトが一体となった整備のために支援されるもの。「商店街の道路がきれいになる」というだけでなく、「どうしたら商店街全体が良くなるのか」を考え、ハード整備後も継続できるソフトをも含めた整備を行うことを目的としていた。

参考資料：ノゲ劇場　野毛界隈一、野毛地区振興事業協同組合

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/04/post_81.html">変えるものと変えないことと　山口勝之氏インタビュー（１）へ</a>]]>
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   <title>変えるものと変えないことと　山口勝之氏インタビュー（１）</title>
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   <published>2010-05-13T10:29:51Z</published>
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   <summary>山口勝之氏プロフィール （株）ユーディーエー　建築家・都市計画家 1981年東京...</summary>
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      <![CDATA[<strong>山口勝之氏プロフィール</strong>
（株）ユーディーエー　建築家・都市計画家
1981年東京工業大学工学部建築学科卒業。
都市からプロダクトまで環境全般のデザインをフィールドとする。お台場「デックス東京ビーチ」の建築基本計画及び商業環境デザインほか、活動は多岐にわたる。一級建築士、日本建築家協会登録建築家、技術士（都市・地方計画）。


<img alt="yamaguchisanphoto.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/yamaguchisanphoto.jpg" width="400" height="234" />
インタビュー風景（山口勝之氏）


<strong>―　野毛商店街の街路整備にかかわった経緯についてお聞かせください。</strong>

<strong>◇危機感が街の整備を促す</strong>
　そもそものきっかけは1990年半ばに、東急東横線が桜木町に来なくなり、みなとみらいの方に地下鉄、地下化する計画が出たことが発端です。みなとみらい地区も徐々に整備され、若い人たちはみんなみなとみらいの方に行ってしまうという状況が見えてきました。この計画を始めたのが1997年なのですが、その頃から、今から手を打たないとまずいという雰囲気になっていました。これは横浜市が音頭を取ったのですが、市が補助金を出すので、今のうちに野毛の街として何か対策を考えたほうがいいのではないかと街に対して発信をしました。それと同時にコンサルタントを付けて、勉強会やりなさいということで始まりました。我々が縁あってそこのコンサルタントをやることになったのです。

]]>
      <![CDATA[<strong>◇まずは勉強することから</strong>
　1996年の時点では、地元の人たちにとって、それまで街づくりということを考えたこともないし、特別危機感も何も持っていなかったのが、いきなり「危ないから何か考えるように」と言われても、どこから手を付けていいのか分からない状況でした。そこで、まず勉強会を始めることにして、他の街を視察して、そもそも街づくりとはこういうものだとか、お客さんをどう考えるのか、などこ今後のあり方などについて１年間かけて話し合いました。特にハードのことは何も触れていません。勉強会の主体はその商店街の人たちで、我々が講師で参加をして、いろいろ話し合いました。それに対して市の方も横にいて、アドバイスをするというだけでした。
勉強会の参加者は、横浜市の呼びかけに対して手を挙げたのが、４通り、街で５人でしたので、その４つの通りで、当初は定期的に集まるのが各通り、1人か2人でした。まぁやるぞ、と言ってもやはりやる気のある人は限られていて、その通りの会長さんなどは一生懸命でしたが、他の人はまぁそれほど関心無いというか、そんな感じでしたね。

<strong>―　裏を返すと、実情はそれほど困っていない、という認識が強かったのでしょうか。</strong>

<strong>◇危機感より意識の高さ</strong>
　当初はそうだったと思います。横浜市の働きかけがあって行っているというような感じでしたね。この整備事業というのは、横浜市が補助金の25％を出し、それに合わせて神奈川県も25％出すんですね。残りの50％のうちの９割は別の財源があって、実質地元の人たちの負担額は５％しかないという、極めて良い条件なのですが、手を挙げる人がそれほど多くなかったということは、今のままで何も問題がないと思っていた人が大多数だったんだと思います。野毛は、他の商店街に比べたらまだまだ来客数はあるし、深刻ではないんですよね。実際にこの勉強会に参加する人というのは、むしろ意識が高い人なので、お店もきちんと経営されている方達なんです。回を重ねるごとに、だんだん言葉が通じるようになり、最終的に４つの通りを整備するのに10年以上かかったのですが、十何年の付き合いなって、最後はほとんど友達みたいになりました。


<strong>―　1年目は勉強会を通じて、コンセンサスを図っていく感じだったのですね。</strong>

<strong>◇1年目の収穫　－問題の把握</strong>
　本来の目的は、将来沈みゆくだろう商店街をどう活性化させるかということなので、彼らの意識を高めて、彼らが我々のいなくなった後、どうやって街づくりを自分達でやれるのかということを見つけなければいけないですよね。当初はそれに向かって、勉強会をできるだけやりました。私はそれほど参加していないんです。我々はデザインをする立場、ハード側の立場なので、その頃一緒に仕事をしていた商業関係のプランナーのような人に入ってもらって、ワークショップのネタや話題を出してもらったりしていました。まず四つの通りで、まち全体としてどうするんだという話をしました。1年目は特に結論めいたものはなく、何となく問題が見えてきたかなという感じでした。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
来月号では、具体的に実際のデザインを提案する実施計画や、このような整備事業に建築家が関わる意義についてお話を伺っていきます。

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/05/post_82.html">変えるものと変えないことと　山口勝之氏インタビュー（２）を読む。</a>]]>
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   <title>変えるものと変えないことと　山口勝之氏インタビュー（２）</title>
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   <published>2010-05-13T05:55:45Z</published>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[　前回のインタビューでは野毛商店街の街路整備事業の経緯についてお伺いしました。この事業の最終的な目標はハードな街路整備（道路上にあるものが対象で、床面、街路灯、アーチ、案内板・サイン類、それらに付随する放送設備などの整備）であり、現状の問題把握を行った1年目に続いて、2年目は実際のデザインを提案する実施計画を行いました。


<strong>―　具体的なデザインの計画はどのように進められたのでしょうか。</strong>

<strong>◇ 街全体のイメージを共有することから</strong>
　2年目は同じ四つの通りで、街全体を具体的にどのようにしていきたいのか、各通りの特徴や目標は何なのか等について話し合いました。実は、僕が参加し始めたのは、この年度の終わりぐらいからです。まず四つの通りだけでなく、街全体の目標を決めようとしました。四つの通りそれぞれの個性はあるけれども、全体の印象としてはどうなのか。これはソフトの話になりますが、女性が来やすい街にしたいとか、デザインとしては和風の街のイメージ、といったことを全部の通りで守っていく。その上で、各通りの個性を出していこうという議論をしました。だから、もし今後他の通りを整備することになっても、この街全体の枠組みをまず説明することになると思います。
]]>
      <![CDATA[<strong>―　その枠組みを決めるプロセスは、どのような感じだったのでしょうか。</strong>

<strong>◇ 自由に意見を出せる雰囲気づくり</strong>
　街の人からどんどん意見が出ることを期待していたので、わりと初めのころはできるだけこちら側から出さない、特に１年目は絵を一切描かないようにしていました。こちらがあまり出し過ぎると、当然それに引っ張られてしまうこともあると思ったのです。２年目は具体的なデザインの話になるので、イメージ画を出しました。ただそれも、あまり収斂しないように、どんな意見でも大歓迎というスタンスで、できるだけ街の人から議論を出せるようにしたつもりです。各通りの計画も同じようなスタンスで進めていきました。最終的に、通りごとに言葉や写真を用いてコンセプトを決めました。


<strong>―　コンセプト決定から実際のデザイン提案まではどのように進められたのでしょうか。</strong>

<strong>◇ 複数案から候補を絞る</strong>
　実際のデザインは、そのコンセプトをもとに検討しました。通りや商店街の構成要素の中で、店舗の外観を除くと、街行く人々に通りのイメージを視覚的に強く印象付けるのは、その通りの顔とも言える「アーチ」「路面」、付帯設備として「照明」であると考え、デザインに当たりいくつかの基本的な留意点を出しました。その上で、それぞれの通りで、要素ごとに複数のデザインを提案しました。最終的に実施計画案として4案程に絞り、実施デザインの選定は設計工程でより詳細に検討して決定しました。

<img alt="noge2.gif" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/noge2.gif" width="400" height="278" />
街路整備後の街の様子
左上：野毛中央通りのアーチ、右上：野毛仲通りの道路舗装
左下：野毛こうじのアーチ、右下：野毛中央通りの道路舗装


<strong>―　このデザインプロセスは結果として上手くいったのでしょうか。</strong>

<strong>◇ 時間とともに理解が深まる</strong>
　最初の頃手がけた通りでは、なかなか僕らの意見と街の人の意見がかみ合わず、街の人の中でも意見の相違がありました。ですから、最初の通りの設計の時には、とても苦労しました。しかし、やはり時間というのは非常に助けになるところがあって、二通り目、三通り目と積重ねていくうちに、僕らも街の人の気持ちが分かってくるし、彼らも実際にできあがった通りを見ると、あぁそういうことだったのかとお互いに理解が深まってきたのです。ですから最後の通りは、非常にスムーズにいきました。相当色々な議論もして、僕らとしても最後の通りは一番よくできたと思います。

<strong>◇ 野毛の特色を生かして</strong>
　野毛の街は、個々のお店の面白さで成り立っているところだと思っています。ですから、今の手法で良いのかなと思います。野毛は多様な後背地を持つ立地から、多様な需要に合わせて複雑は繁華街になりました。一見、異種の業態が持ちつ持たれつ共存しているように見えますが、実際には商店街の連携は弱く、異業態がたまたま隣り合わせに営業しているに過ぎません。それでも、この街が魅力的に見えるのは、結果として様々な人々が行き交う賑わいが、誰にも疎外感を覚えさせないところにあるように思います。ですから、目印になるようなものや、人が集まる中心をつくるというのは、この街には似合わないでしょう。そういう意味では、野毛はこういうやり方で、それぞれ自分のお店の前をと自分のお店をきれいに良くしていく、面白くしていくという方向が積み重なればいいと思っています。


<strong>―　街路整備をきっかけに個々の商店が自分の店の前に働きかける仕組みのようなものがあったら、面白いような気がしますが。</strong>

<strong>◇ 当時はハードの話だけでした</strong>
　街路の整備に合わせて店舗も改装するというような話になればという期待はありましたが、実際にはなかなかそうはいきませんでした。最後の通りを整備していた頃には、東横線が来なくなり、客足がガクンと減ったんです。街の人たちもこれは本当にまずいと思い始めたのと、実際に空き店舗も出たこともあり、何とかしようという動きが実際に出ました。切羽詰まって、こういうことが出てきたということはありましたね。
実は今、原宿の竹下通りの開発相談を受けて、やはり同じようなことをやっています。お店の情報を、センサーや街路灯など道路上にあるものに仕込み、そこに来た人が携帯を使って受信できるような仕組みをつくろうとしています。それをハードの整備に合わせてやろうと話を進めているところです。これは原宿の人たちと話をしている中で出てきたことなのですが、野毛でもこういうことができれば良かったと思いますね。当時はまだハードウェアの話だけでしたので。

 
<strong>―　建築家がまちづくりとしてハードを整備することについて、どのようにお考えでしょうか。</strong>

<strong>◇ 格好良さよりも面白さを</strong>
　僕等は仕事柄、新しいことをやりたがる傾向にある。つまり、既存のものではない何か新しいことをやりたがるのが、僕らの習性ではないか思います。しかし、そういうことは抑えよう、やりすぎないようにと思っていました。格好良くなってはいけないなと。むしろ怪しげだとか、よく分からないとか、まったく反対のところが非常に面白くて。今までの野毛の魅力を更に補強できないかなというようなことを、いつも考えていました。そういう意味で、格好良いというよりも、面白いものをつくろうということを考えていたという感じでしょうか。本来、こういう街は誰かがデザインしたわけではなくて、自然発生的にできあがって、それが魅力になってきたところですからね。それを後からビシッと整備してしまったら、その魅力がなくなってしまいますよね。

<strong>◇ 建築家にふさわしい仕事</strong>
　建築家の仕事は、形をつくるというよりも、むしろコミュニケーションをどうまとめるかだと思います。クライアントに対して、別の意見を出したり、他の人の意見を聞いて調整をしたりするのが仕事だと思います。例えばビルを建てたいとクライアントが言えば、そのクライアントは基本的には自分のそのビルをいかにきれいにするか、いかにお金をもうけるかということを考えていますよね。それに対して建築家は、それに応えるだけではなくて、街に対してどうなのかということを当然考えなければならない。ハードを整備する仕事も同じ話だと思います。誰のものでもない隙間のような空間を、それが突出しないように他と調整していかなければならないので、自分の思い通りに出来るデザインの幅は狭い。けれども、やることは基本的には同じだと思います。建築家がやるのに一番ふさわしい仕事だと思います。

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/05/post_83.html">変えるものと変えないことと　田島一宏氏インタビューを読む</a>]]>
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   <title>変えるものと変えないことと　田島一宏氏インタビュー</title>
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   <published>2010-05-13T00:24:41Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>山口氏と同様に野毛商店街の街路整備事業に携わった田島一宏氏に、特に住民を対象とし...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[山口氏と同様に野毛商店街の街路整備事業に携わった田島一宏氏に、特に住民を対象としたワークショップの成果や意義についてお話を伺いました。

<strong>田島一宏氏プロフィール</strong>
長年博物館施設事業に携り、地域と博物館との相互関係や博物館が地域活性化に貢献できる役割など、博物館アイデンティティの計画実務を蓄積。「野毛地区ライブタウン整備事業」の他、「青森県立三沢航空科学館」全体プロデュース、「金沢２１世紀美術館」運営計画などを担当。
現在、㈱環境計画研究所取締役。

<img alt="tajima2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tajima2.jpg" width="250" height="216" />

]]>
      <![CDATA[<strong>―　野毛商店街の街路整備にあたり、最初の1年間はワークショップを通じて現状の問題把握を行ったと伺いました。ワークショップを始めたきっかけやその経緯についてお聞かせください。</strong>

<strong>◇同じ方向を向いて一緒に考える</strong>
　この手の事業は行政から委託をされて始めるのですが、最終的な業務の成果というのはモノを作ることになります。野毛の場合は、街路灯、街路舗装やアーチという、ハードの整備をすることが委託の内容でした。普通こういう事業を委託されると、いきなりデザインに入ってしまうことが多いんです。デザイナーは、街の文脈を読み取ってこうですよとか、ああですよと、理屈はいろいろ言うんですが、それは自分のデザインの正当性を表現するためのものでしかなくて、事業本来の意味がそこに込められているかというと決してそうではないのではないか。我々は以前からそんな疑問を持っていました。
私には、街づくりというのはコミュニテイという良好な環境形成であり、そのためには、街に関わる人が事業に参加して、その事業に愛着を持ち、誇りに思い、自分たちのシンボルにしていくというものでなければならないという持論があるんです。ですから、いつも必ずこういう事業を始めるときには、みんなで同じ方向を向いて一緒に考え方を作っていこうということをまずすべきだという信念があります。そこで、勉強会みたいなものをやりましょうとワークショップを企画しました。
ワークショップは１年間かけてやったのですが、どういうスキームで、どういうフェーズでやっていくかということは、事前に大きなシナリオを作りました。最初は事業そのものを街の人が正確に理解すること。次に事例を見るために他の街への見学。その上で、自分たちの通りに置き換えた時に、何を考えればいいか、何を議論すればいいのかを話しあうこと。このような流れで進めていきました。

<strong>◇先例から学ぶ</strong>
　ワークショップの時に一番大切にしたのは、事例を一緒に見に行くということでした。野毛と同じ助成を受けていた浅草のような、古い昔からある通りというのを中心に選んで見に行き、そこで必ず同様の経験した人たち話をしていただく機会を設けました。そうすると、やはり認識が変わってくるんですね。自分たちはもう少し真剣にやらなければならない。あるいは、もっと自分たちの意見を出し合って議論をすべきだ。そういったことに気づいていったようです。我々外部の人間が何か言っても、結局街の人と同じ目線で言っているとは思われないんです。ところが、事例を通じて事業を経験した同じ商店街の人たちから意見を聞くと、非常にストレートに理解されるような感じでした。

<strong>◇共通認識が持てるように</strong>
　幸い野毛の場合、みなさん積極的で勉強会開催時の参加率は高く、なおかつ意見も活発に出ました。ところが物事に対してそれぞれの考え方は違っているので、そこはばらつくわけです。それをハード整備ということを通じて「この通りをこういう風にしていこう」と意見を集約していく作業を行いました。このプロセスはなかなかつらいものもありましたが、通りをどのようにしたいか、その通りに対して自分達はどうあるべきかという共通認識を持てるようなことに繋がったよう気がしますね。


<strong>―　色々ある意見を集約させるのは難しいと思います。最後は具体的なデザインを描くことになると思うのですが、そこまでのプロセスはどのような感じだったのでしょうか。</strong>

<strong>◇まずは機能への理解から</strong>
例えば街路灯のデザインの話をすると、最初にそもそも街路灯の機能とは何なのかということを、きちんと理解してもらうということが必要でした。単に景観を良くするためにやるのではなくて、まず機能があって初めてその物の存在価値があるわけです。そういう意味では、やはり機能を必要としているんだという認識を共有しました。そして次の段階で、ではどういうデザインになっていくのかという話になります。そこは当然好き嫌いがあるわけですが、でも、我慢強くみんなの意見を聴きながら、相当スタデイーを一緒にして、こういう形のもの、こういう高さのもの、ということをまとめていきました。皆さんが理解しやすいように、模型もたくさん作りました。１年間という時間的なゆとりがあったから、できたことだとは思いますが、逆に言えば、こういうことをするためには時間こそが必要なんです。

<img alt="noge-lighting11.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/noge-lighting11.jpg" width="400" height="150" />
野毛仲通りの照明灯

<strong>
―　街の人はこの事業の成果をどのように受け止めているのでしょうか。</strong>

<strong>◇参加意識が誇りへつながる</strong>
愛着はあると思います。実は今も時々付き合いがあり、野毛へ行くとみなさん声をかけてくれるんです。ですから、出来上がったものに対してどういう評価をしているかというのは、おそらくそれぞれの思いがあるとは思いますが、この事業を通じて、自分たちが参加してこれが出来上がったということに対しては、みなさんすごく誇りを持っていると思うんですよね。
この手の事業は、少なくとも街の人たちが、「これが好きです」と言えるかどうかということに尽きると思います。「実は気に入らないんですよ」と言う人が沢山いたとすると、いくら建築デザインの雑誌で取り上げられたとしても、やはりその物としてはその場にふさわしいものではないと思います。


<strong>―　最近の社会の流れはすぐに結果を求める傾向にあるような気がします。1年もの間、何も作らないで議論だけをすることに対して、しかもそれに公的な機関がお金を出すことに対して、否定的な風潮もあるのではと思います。その辺りのことについてはどのようにお考えでしょうか。</strong>

<strong>◇街の人の気持ちを１つにすること</strong>
　近年の行政のまちづくりのスタイルというのは、やっぱりどうしても成功事例の二番煎じを狙ってやっているというイメージが強い気がします。その地域独自のアイデイアを思い切ってやってみるというそういうケースは少ない気がします。彼らは例えば熊本の黒川温泉とか、民間の事業者が一生懸命やって成功した事例とかをたくさん見に行くわけです。そういうのは見るんだけども、じゃあそこでなぜそういう風になったのかという過程の話とか、そこに関わった人たちの気持の部分というのは勉強しないんですね。結果でしか見ない。表面的にああすればいいんだというようなやり方でやられているケースが多いんじゃないかという気がします。

　やはり街づくりというのは、街づくりに関わる人たちの気持をいかに一つにして、みんながそれに対して合意をする環境をどうやって作るのかということが、おそらく仕事の半分以上を占めると思います。そこが出来さえすれば、そこから先はプロフェッショナルがそれぞれの仕事をして、手続をきちんと経ていけばいいわけです。しかし、人間の気持を一つにするとか、合意を形成するとかという非常に情緒的なことは、プロフェッショナルが一人いればできるという話ではないわけですから、ある程度の時間はかかると思います。そういうことにこそ、もっと注目しないといけないと思います。時間をかけるからこそ、最初に言ったような、街の人の愛着や誇りができるんだと思いますし、実はそれが街にとって一番大切なことなんだと強く思います。

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/05/post_84.html">まちづくりをどのように評価するか　を読む</a>

<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/04/post_81.html">変えるものと変えないことと　山口勝之氏インタビュー（１）を読む</a>
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   <title>まちづくりをどのように評価するか　-愛着を測ることの可能性と必要性-</title>
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   <published>2010-05-13T00:00:19Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>編集局　添田昌志 ◇時間をかけたことの効果 　今回のインタビューで山口氏、田島氏...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[編集局　添田昌志

<strong>◇時間をかけたことの効果</strong>
　今回のインタビューで山口氏、田島氏がともに強調していたことは、まちづくりにおいては住民と意見を交換して集約していくプロセスこそが大切であり、そのプロセスがあるが故に最終的に整備されたものに対して愛着や誇りが生まれるということであった。そして、そのようなプロセスを踏み、お互いに理解し合い、合意形成していくには時間がかかるので、この時間に対する理解を、整備事業を行う行政の側は持つべきだということが述べられていた。
　おそらく、上記のようなことは行政の中でも一部の担当者は分かっていることかもしれないが、時間をかけたことの効果を何かのデータで示すことによって、より多くの人にその重要性を理解させる必要があるのではないかと、私は考える。

]]>
      <![CDATA[<strong>◇人の主観によって評価することの意味</strong>
　田島氏が最近関わっているまちづくり事例では、補助金を出す側が評価として求めているものは、事業実施前と実施後の人通りの変化なのだそうである。田島氏自身は、それも１つの評価軸かもしれないが、そのような単純な定量的な指標だけで、しかも実施した翌年の１年間の変化だけで、まちづくりの効果が測れる訳がないと憤慨されていた。評価とは、そこに人が新しく愛着を持てるようになったかとか、その街を好きになったかとか、あるいはそれによって何か自分たちの生活が変わったかとか、そういうことでなければならないと。
　私もこの指摘に強く共感する。まちづくりの意味とは、知らない人がどれだけ多くやって来たかということではなく、一義的にはその街に住んでいる人の内面、主観の変化であるべきだと思う。そもそも何事においても人の意識や評価を変えるということは大変難しいことである。まちづくりにおいてその難しいことを成し遂げたのであれば、なぜそのことを評価しようとしないのだろうか。そしてまた、事業のプロセスに時間をかけることの意義は、その効果が持続的に長く維持されることにこそあるかもしれないわけで、なぜ評価も長期的な視点で行わないのだろうか。

<strong>
◇誰に何を伝えるために研究するのか</strong>
　実は私は大学に勤めていた折に、人々の街に対する愛着を測定する研究を行ったことがある。愛着をどのような指標（質問項目）で測るのかということも難しいのだが、当時はそれ以上に、誰を対象に何による愛着の効果を測るのかということ、そもそもの研究の前提に当たる部分なのだが、その設定に一番苦しんだ記憶がある。つまり、当時、大学という井の中に閉じこもっていた私には、街への愛着を変化させうる要因や愛着を測定することの社会的な意義がよく分かっていなかったのである。
　今回のインタビューを通して、野毛商店街のようなプロセスを経て整備された街こそ、そのような愛着の研究対象にふさわしく、そしてその結果を関係者に伝えることが強く求められているのだということに気付かされた。よく、人の主観というのはいいかげんなものなので、だから通行量や経済的指標などの定量的指標を評価に用いるべきだという意見がまことしやかに語られる。上で田島氏が述べられている例はまさに典型であろう。しかし、我々の研究分野では、愛着を測定するいくつかの指標が提案されている。今こそ、それを野毛のようなフィールドに持ち出し、真にまちづくりがもたらす効果を評価して、人々に広く伝えるべきなのではないか。きちんと意図を持って取り組まれていることの効果を正しく評価し、それをより多くの人に伝え理解させることで、取り組みの事例を増やしていくことにこそ、研究の意義があるのではないか。私が関係する分野の研究者の方々にも、そういう意識を持って研究、発信に取り組まれることを強く訴えていきたいと思った。
　
]]>
   </content>
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<entry>
   <title>１年間の総括として　はじめに</title>
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   <published>2010-03-10T20:43:26Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>　今年度の東京生活ジャーナルでは、まちづくりフィールドレポートと題して、「銀座」...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
   </author>
   
      <category term="04まちづくりフィールドレポート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      　今年度の東京生活ジャーナルでは、まちづくりフィールドレポートと題して、「銀座」、「港南」、「佐原」、「たまプラーザ」、「八潮」の５つの街におけるまちづくりに関わっている人々へのインタビューと現地調査を行いました。その中で、歴史や開発背景の異なる街であっても、当初は想定していなかった意外な共通点などが見出されたりしました。

      <![CDATA[　今月は１年間の総括として、各編集局員がそれぞれの視点で５つの街における共通点や発見などについて述べます。

<img alt="ginza-kyogi.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/ginza-kyogi.jpg" width="299" height="218" />
銀座：デザイン協議によって計画が変更された事例


<img alt="konanimage.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/konanimage.jpg" width="300" height="146" />
品川・港南：港南地区にあるマンション群


<img alt="sawara3-2-3a.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/sawara3-2-3a.jpg" width="300" height="225" />
佐原：秋の大祭の様子


<img alt="tamaplazaf2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tamaplazaf2.jpg" width="300" height="100" />
たまプラーザ：住宅地の様子

<img alt="yashio2-1-1final.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/yashio2-1-1final.jpg" width="300" height="110" />
<img alt="yashio2-1-2final.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/yashio2-1-2final.jpg" width="300" height="112" />
八潮：八潮の街並み

【１年間の総括として】
<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/03/post_79.html">街の価値とルールのあり方（編集局：大澤昭彦）</a>
<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/2010/03/post_76.html">都市の世代間意思伝達（編集局：川上正倫）</a>

写真提供（八潮）：神奈川大学曽我部昌史研究室]]>
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   <title>１年間の総括として　街の価値とルールのあり方</title>
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   <published>2010-03-10T20:12:15Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>編集局　大澤昭彦 　八潮のまちづくりに関わる曽我部氏は「一般的な景観ルールのよう...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      編集局　大澤昭彦

　八潮のまちづくりに関わる曽我部氏は「一般的な景観ルールのような規定」や「最低基準」を定めても街は良くならないと述べている。
　確かに、最低限のルールによるネガティブチェック的な規制は、建築紛争を予防し、最悪の事態から街を守る防波堤にはなるが、街を積極的に良い方向への導く推進力を持たない。
      <![CDATA[　本来、ルールとは、目指すべき街の姿や価値を実現するための手段である。
　しかし、街の将来像を決めることは容易ではないために、目指すべき街のビジョンが共有されないままにルールが作られている都市が少なくない。守るべき景観があるわけではない一般的な市街地においてはなおさらである。
　その結果、ルールの内容は緩やかなものとなり、最低限の紛争予防にすら寄与しないルールがつくられ、運用されることになる。

　例えば、高層マンションを巡る建築紛争を見ると、周辺住民は「現状のルールは緩い」と言い、事業者は「規制の範囲内であり合法である」と主張する。
それぞれの立場からすれば、それぞれの意見は正しい。だからすれ違いになる。
　問題は、ルールが不合理であることなのだが、紛争の結果残るのは、現状のルールに対する不信感のみである。
　不合理なルールに従ってつくられる建物は、街に貢献せず、ますます街の将来像が描きにくくなるという悪循環に陥ってしまう

　それでは、ルールの前提となる街の姿や価値を共有するためにはどうすればよいのか。
　八潮の場合は、住宅モデルプロジェクトをはじめとする取り組みが、街の価値に対する気づきをもたらし、建物を作る際の規範やルールの形成へとつなげていこうとしている。
　また、銀座ではデザインルールに基づく個別物件の協議を通じて、銀座にふさわしい建物の姿を模索している。デザインルールはあくまで出発点であり、個々の協議の積み重ねを得て、街の将来像が具体化し、それに合わせてデザインルールも進化していくことになる。

<img alt="2009research1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/2009research1.jpg" width="400" height="150" />
八潮街並みづくり100年運動における様々なプロジェクト

<img alt="ginzanight.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/ginzanight.jpg" width="400" height="149" />
夜も賑やかな銀座４丁目交差点

　これらの事例からわかることは、街の将来像という漠然とした画を描こうとしているのではなく、具体的な設計やデザインを通じて、街の規範や拠り所を探ろうとしている点である。
　将来像（目的）がルール（手段）のあり方を規定するという方向だけではなく、ルールの運用（もしくは試行的なモデルの作成）を通じて、はじめて自分たちが望む街の姿が浮かび上がってくることもある。
　まずは現状のルールが不十分であり、不合理であることを知ること。そこからでしか、地に足のついた街の価値や規範を共有することはできないのではないか。

写真提供（八潮）：神奈川大学曽我部昌史研究室]]>
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   <title>１年間の総括として　都市の世代間意思伝達</title>
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   <published>2010-03-10T20:10:27Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>編集局　川上正倫 都市の変化をどう考えるか 　最近中国上海を頻繁に訪れる機会があ...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      <![CDATA[編集局　川上正倫

<strong>都市の変化をどう考えるか</strong>

　最近中国上海を頻繁に訪れる機会があり、なにかしらのエネルギーに押されて都市がめまぐるしく変化していく様に驚嘆させられている。まさに「あっと言う間」に変化していく様子を眺めているとそこには異議を唱える隙すらなさそうである。実際、中国の建築家と話をすると、価値を問い直す間もなく、政治的な意向や商業上の思惑による大規模開発によって古い街が廃棄され、生まれ変わっているのだという。ただ、その状況には、おそらく50年前の日本にもあったであろう、飛躍・進歩への意思があり、都市問題としては必ずしも「改悪」とは限らない。そしてあまりのスピードの早さに移行に伴う新旧共存のストレスもほぼ無関係といえる。そんな中で新しく上海に入ってきた人々にとっては、おそらくそこが上海の原風景のスタートなるのだろう。そう思うと、ふとまさしく今年の万博の標語にもなっている「better city better life」に対する上海の決定をどのように昔の上海を知らない新入者に伝えるのかが気になってしまった。検討なき新しき様式の導入が「昔はよかった」という後悔を引き起こすこともなく、都市の歴史が書き換えられる非常にデジタルな状況といえる。
]]>
      <![CDATA[　以前オランダのランドスケープアーキテクトが手がけたある都市計画について取材をした際にも同じことが気になったことがあった。担当者に、デザインを維持するルールはあるか？デザインの意図を理解していない人が何をするか心配ではないか？と尋ねたところ、ルールは不要、むしろ変化は望ましいことだとの回答だった。完成直後は緑が少なく居住環境として批判があったが、住民が自らプランターや植木鉢を置くことで緑化に励み、そのような声も聞かれなくなったという。デザインや計画には限界があり、住民が需要にあわせてアレンジしていけばよいと考えている、と変化を前向きに捉えていた。デザインは初期の意思を伝える手段であり、設定されたデザイン上のルールは、一からつくる新しい街に対して昔の（歴史がある）街と論理的・イメージ的に連続性をもたせることが目的で、歴史が始まればデザイナーの手から離れてその街自らの問題だ、と住民にアナログに引き継いでいくことを目指している。


<strong>都市は意思をうつすもの</strong>

　前置きが長くなってしまったが、本年度のジャーナルについて私的には、都市景観あるいは建物のデザインをどのように考えるかの意思を人に伝える方法論を実践しながら探っている事例として各インタビュイーのお話を伺った。
　
　各事例の詳細については改めて触れないが、乱暴にまとめると、

1.銀座らしい街並のために（銀座）＝プライドを継承することによって、銀座らしさという「質」を常に議論する土壌をつくるためのルールづくり。新たに建設する建物の「質」が銀座の「質」と適合していることを判断することで適宜変化を受入れていく商業地ならではの姿勢が表れる。
<img alt="ginza-namiki.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/ginza-namiki.jpg" width="399" height="131" />


2.助け合えるまちのために（港南）＝災害という特殊状況下を意識することによって特殊な街に普遍的な人間関係を再構築する慣習づくり。超高層という今までにない環境に加えて、大量の新住民という「異常」を今までの「常態」に引き戻すための地道な努力をする新住宅地の姿勢である。
<img alt="konan1-3.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/konan1-3.jpg" width="400" height="132" />


3.町の資源を生かすために（佐原）＝祭りなど伝統行事を大事にすることで伝統的な街を維持することによる恩恵と人的な努力や覚悟を確認するルールづくり。伝統をアイデンティティとして掲げるために見かけ上の変化をとめるために周囲の変化への対応には街自体も更新されていく必要がある。
<img alt="sawarafinal.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/sawarafinal.jpg" width="400" height="300" />


4.良好な住宅地であり続けるために（たまプラーザ）＝計画的につくられた街が世代交代を迎えるにあたり、「計画」の価値を問い直すためのルールづくり。地名としてのブランドのみがひとり歩きしており、まさに変化のまっただ中で街としての分岐点をどう乗り切るかの判断を迫られている。
<img alt="tamaplazafinal.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tamaplazafinal.jpg" width="400" height="150" />


5.街への意識を共有するために（八潮）＝潜在価値を再認識し、将来的なビジョンを踏まえたルールづくりをするためのシミュレーションスタディ。典型的郊外が来るべき変化への事前対応ともいえる、「典型」以外の特徴を獲得するための努力をしている。
<img alt="yashio2-2b.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/yashio2-2b.jpg" width="400" height="149" />


　それぞれの街がそれぞれの次元で悩みを抱えているものの、相対的に宗教や文化の違い、経済格差や人種間格差が都市問題化する状況ではないことが幸いし、故にルールづくりやシミュレーションが非常に素直で意思が明確だとも言える。もちろんどの街も意思を正確に投射しようと方法を模索中である。また結果も見えていないうちに状況が変化していくという現実はあるにせよ、意思が明確であることは重要である。その観点では八潮の事例では、問題がわからないことが問題であり、問題を明確にしていくんだ、ということが意思として表れている点では。汎用可能なひとつのあり方を示している。色々なしがらみを一旦無視して、ポテンシャルのみを引き出すデザインをデザイナー（学生）とユーザー（住民）が仮想プロジェクトとして対話を通して自分事にしていき、住民自らが積極的に参加していくという方法論は一般化できる可能性を感じる。冒頭の中国やオランダの例に照らすと、街の変化を住民がどう捉えるかによって街への対応も対照的に違ってくることがわかる。ルールづくりによる意思継承や共通価値観としての伝統を育てる方法などをみても、単純に変化への肯定・否定という２項対立では表せないところがある。

　それぞれの街としての方法論模索は、ユーザーからすれば裏方の仕事であり、受動的になりがちである。実際には変化を考え、方向性を共有化していかない限り、八潮のような典型的郊外は衰退していくことになってしまうだろう。
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   <title>街への意識を共有するために　八潮市の概要</title>
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   <published>2010-01-13T03:07:52Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>■八潮市の概要　編集局作成 八潮市は埼玉県東南部に位置する人口約8万人のまちです...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      <![CDATA[■八潮市の概要　編集局作成

八潮市は埼玉県東南部に位置する人口約8万人のまちです。これまで市内には鉄道駅がなく、住民は草加や綾瀬といった隣町まで出てから都心へ向かっていました。ところが、2005年のつくばエクスプレスの開通により、秋葉原まで最速17分でのアクセスが可能になり、その立地条件は劇的に変化しました。こうした変化に伴って移住者も増え、現代日本の都市には珍しい、成長過程にある市町村のひとつといえます。


<a href="http://www.hilife.or.jp/journal2/yashio-location-popup.html" onclick="window.open('http://www.hilife.or.jp/journal2/yashio-location-popup.html','popup','width=733,height=728,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img alt="yashio-location.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/yashio-location.jpg" width="400" height="397" />
</a>八潮市の位置（編集局作成）

参考資料：建築ノートNo.7　誠文堂新光社]]>
      
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   <title>街への意識を共有するために　八潮街並みづくり100年運動について</title>
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   <published>2010-01-13T02:22:28Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>■「八潮街並みづくり100年運動」の概要 　街並みづくり100年運動とは、50年...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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      <![CDATA[<strong>■「八潮街並みづくり100年運動」の概要</strong>
　街並みづくり100年運動とは、50年後、100年後を見据え、この街に住んで良かったと思えるような、八潮らしさを生かした魅力ある街並みを作るための運動。八潮らしい魅力ある街並みをつくりだしていくために、八潮の特徴について、日本工業大学、茨城大学、神奈川大学、信州大学、東北工業大学といった首都圏近郊の建築や空間デザインの専門的な知識や経験のある５つの大学が連携して調査研究を行っている。


]]>
      <![CDATA[<strong>◆主な活動</strong>

<strong>2008年度</strong>
現地調査：連携5大学の教員及び学生48名が自転車に乗って市内をめぐり八潮の特徴について調査。調査後の成果発表のために市民との意見交換会を開催。
ジュニアワークショップ：学生38名と17名の子どもたちが参加。子どもたちが「住んでみたい家」を考え、夢がいっぱいつまったバラエティ豊かな家の模型を作製。
まちづくりフォーラム：神奈川大学曽我部昌史教授による基調講演「住まいづくりとまちづくり」、ジュニアワークショップの成果発表、連携５大学からの「八潮の特徴と住まい方」に関する提案発表。
まちづくりシンポジウム：連携5大学の学生による「八潮らしい街並みづくりの提案」発表。また、「八潮の可能性とこれからのまちづくり」をテーマにパネルディスカッションを行う。

<strong>2009年度</strong>
家づくりスクール：市民受講生の方々と連携5大学の学生と先生が中心となり、4回のスクーリングを通して、「住んでみたい家」「建てたい家」の住宅設計を学ぶ。
住宅モデルプロジェクト：八潮市内各所における具体的な住宅モデルについて連携5大学によって、調査・研究をすすめる。詳細はこちら（リンクで別ページ）
まちづくりフォーラム：連携５大学から「地域の特性を活かした住宅モデル（案）の発表」、５大学の先生によるパネルディスカッション、「八潮の特徴と住宅モデルの取り組みについて」を行う。


<strong>■「八潮街並みづくり100年運動」の年表</strong>
<img alt="yashio-table.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/yashio-table.jpg" width="400" height="813" />
]]>
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   <title>街への意識を共有するために　5大学による住宅モデルの提案</title>
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   <published>2010-01-13T01:33:01Z</published>
   <updated>2010-07-16T02:15:17Z</updated>
   
   <summary>■５大学による住宅モデルの提案 「八潮街並みづくり100年運動」で調査研究を担当...</summary>
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      <name>東京生活ジャーナル</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hilife.or.jp/journal2/">
      <![CDATA[<strong>■５大学による住宅モデルの提案</strong>

「八潮街並みづくり100年運動」で調査研究を担当している５大学が今年度の成果として発表した住宅モデル（全部で７モデル）。それぞれに身近にある八潮の街の特徴を捉え、それとの関係から住宅のあるべき形を提案している。


]]>
      <![CDATA[<strong>＜マスクメロン街区・・・東北工業大学　槻橋修研究室＞</strong>
　変形した特徴（堀/境界、スキマ、曲がり角）のある街区によって入り組んだ道が続いている『マスクメロン街区』。そのため、角を曲がるたびに様々な庭やぽっかりとあいた空き地に出会うことがある。塀の操作、空き地の取り込み方によっては、街区の面白さを大きく変化させることができる。このマスクメロンのような街区における余白や境界を踏まえて『ヤドカリハウス』を提案。建物を一層分持ち上げることで、屋内へ引きこまれた余白は路地空間となり、生活の場と外部を連続させていった。

<img alt="tohokukogyo-maskmelon.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tohokukogyo-maskmelon.jpg" width="400" height="300" />
<img alt="tohokukogyo-elements.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tohokukogyo-elements.jpg" width="400" height="132" />
<img alt="yadokarihouse.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/yadokarihouse.jpg" width="400" height="150" />



<strong>＜オカノイエ～ダブルデッキハウス・・・東北工業大学　槻橋修研究室＞</strong>

　中川の堤防沿い提案する住宅―ダブルデッキハウス。堤防沿いの特徴、主に視線や動線を考慮した。生活に必要な空間を確保したファーストデッキ（地盤面）と個性にあった自由なプランと形状を謳うセカンドデッキの2層により構成した住宅を提案。セカンドデッキの高さを揃えることによって、ダブルデッキハウスの連なりによる街並みができた。

<img alt="tohoku10.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tohoku10.jpg" width="300" height="305" />
<img alt="tohoku-11.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tohoku-11.jpg" width="400" height="132" />

<img alt="tohoku13.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/tohoku13.jpg" width="400" height="156" />




<strong>＜八篠の角屋・・・茨城大学　寺内美紀子研究室＞</strong>
　八篠北部地域は、八潮が純農村地域であった頃からの街区構成が現在に至るまで残っている。今回この街区構成を「ハチジョウモジュール」と名付け、八篠に拡がる水田風景と住宅の共存について、主に建物から生じる影と水田への日照の関係から考えた。その結果、水田に影を落とさないように、東西に走る畦道に沿って敷地を設け、南に広く面した住宅を考案した。

<img alt="ibaragi01.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/ibaragi01.jpg" width="400" height="220" />
<img alt="ibaragi02.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/ibaragi02.jpg" width="400" height="285" />




<strong>＜密集イエイエ・・・信州大学　坂牛卓研究室＞</strong>
　潮止地域では、工場と住宅が混在し、工場の大きさによって決められた敷地をいくつか分割して住宅の敷地に変えている。このような小さな住宅が集まった時の住み方について各住宅にある関係性を検討し、表・裏・隣といったつながりで部分的に関係を持たせることにする。具体的には、『軒の高さを低くそろえ、開放感と連続感を作る』『各住宅に裏庭を作り、弱いつながりを作る』『隣の住宅の側面を見せ連結感を作る』といった点に考慮して外部空間を計画し、個々の住宅をデザインした。


<img alt="shinsyu02.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/shinsyu02.jpg" width="400" height="127" />
<img alt="shinsyu01.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/shinsyu01.jpg" width="400" height="328" />




<strong>＜町工場と袋小路と家と・・・神奈川大学　曽我部昌史研究室＞</strong>
　八潮南西部。ここは、住宅・工場・袋小路が多く存在し、その間を水路が縦横に走っている。住宅と工場が混在している袋小路の数はこの地域内に約90か所存在する。この場所の主な特徴である工場からの音や袋小路の形状を考慮して、2重壁を作る、音源から距離をとる、といった工夫を施した住宅を提案する。具体的に、1階は袋小路に面しているので、外部とのつながりを持ちやすい縁側や土間などを設ける。2階には2重壁を作り、生活空間に騒音が入ってこないようにする。3階は、音源からの距離も離れているため、見晴らしを楽しめる穏やかな空間とした。

<img alt="jindai02.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/jindai02.jpg" width="400" height="300" />

<img alt="jindai01.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/jindai01.jpg" width="400" height="300" />




<strong>＜オカケンチク・・・日本工業大学　小川次郎研究室＞</strong>
八潮には地盤改良のための盛土が多い。この丘のような風景と共に暮らすことができる集合住宅を提案。様々な世代が住むことを想定し、家族の形態に見合った設計にする。丘の上を舗装して車いすやお年寄りの方が移動しやすいようにする、住宅と住宅の間に椅子などを置き集えるような場所を作る、といった工夫をした。

<img alt="nihonkogyo-oka1.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/nihonkogyo-oka1.jpg" width="400" height="100" />

<img alt="nihonkogyo-oka2.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/nihonkogyo-oka2.jpg" width="400" height="114" />



<strong>＜ホウチメリット・・・日本工業大学　小川次郎研究室＞</strong>
八潮の住宅地には一見「放置」されているような緑地が多く見られる。しかし、ここを実は「豊かにできる空間」と考え、「放置」→「豊地」と発想の転換をする。そして、緑地にホウチを組み込むことで、農地と住む距離が近づいた八潮らしい豊かな住み方を提案する。具体的には、近隣の農地と住宅とのつながりを持たせたるために、デッキや土間を取り入れ、畑に面して大きな間口を持つ住宅を設計した。

<img alt="nihonkogyo-01.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/nihonkogyo-01.jpg" width="400" height="176" />

<img alt="nihonkogyo-02.jpg" src="http://www.hilife.or.jp/journal2/nihonkogyo-02.jpg" width="400" height="208" />

資料提供：
東北工業大学　槻橋修研究室
茨城大学　寺内美紀子研究室
信州大学　坂牛卓研究室
神奈川大学　曽我部昌史研究室
日本工業大学　小川次郎研究室]]>
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